マーケターのためのCXデザイン入門

第3回 施策の方向性を決める「エモーショナルモチーフ」

作成者: Hideaki Shirane|Oct 19, 2026, 6:46:50 AM

あるマーケターが、自社のマーケティング施策を並べて見直しました。

新規獲得向けの広告は、若々しく、勢いのあるトーンでつくられていました。既存顧客向けのCRMメールは、丁寧で落ち着いたトーン。新商品のランディングページは、洗練された雰囲気でまとめられていました。どれも、単体で見れば悪くない出来です。しかし、三つを並べてみると、同じブランドのものとは思えませんでした。

それぞれの担当者が、それぞれの施策の目的に合わせて、真剣に考えた結果です。ここに、マーケティング施策の難しさがあります。施策ごとに見れば正解なのに、ブランド全体で見ると、方向性がバラバラになる。問題は、施策ごとの正解を探す前に、もっと手前で決めておくべきことが決まっていなかったことにあります。

 

「手がかり」という考え方

第2回では、顧客の中に「感情の記憶」が積み重なっていくことを説明しました。では、企業側は、その感情の記憶をどのようにつくっていけばいいのでしょうか。ここで、この連載でこれから何度も使う「手がかり」という考え方が登場します。

「手がかり(clue)」という概念で顧客体験のメカニズムを説明したのが、CXデザインの先駆者であるルイス・カーボーンです。カーボーンは著書『Clued In』の中で、顧客はブランドとのさまざまな接点で無数の「手がかり」を受け取り、それらが積み重なることで、ブランドに対する印象や感情がつくられていくと論じています[注1]。

広告コピーの書体、CRMメールの文体、ランディングページの配色、商品パッケージの質感、店舗の照明、スタッフの服の着こなし。これらはすべて、顧客が受け取る「手がかり」です。企業が意識しているかどうかにかかわらず、顧客は一つひとつの手がかりから、無意識に何らかの意味を読み取っています。

 

手がかりがバラバラになるのは、「軸」がないから

マーケティング施策は、さまざまな「手がかり」を顧客に手渡しています。手がかりの基準を事前にそろえていなければ、手がかりはバラバラな方向を向いてしまいます。冒頭の例のように、それぞれは、決して間違いではありません。むしろ、それぞれの担当者が「この施策には、この表現が最適だ」と考えた結果でしょう。しかし、顧客から見れば、それらはすべて同じブランドから発せられた手がかりです。個々の施策では正解でも、ブランド全体としては一つの方向を向いていないということが起こります。

では、その方向をそろえるための基準を、どうつくればいいのでしょうか。カーボーンが『Clued In』の中で提示している考え方が、「エモーショナルモチーフ(Emotional Motif)」です。

 

エモーショナルモチーフ ― 「残したい感情」を少数の言葉に絞る

エモーショナルモチーフとは、ブランドが体験を通じて顧客の記憶に残したい感情を、少数の言葉に絞って言語化したものです。顧客体験を構成するさまざまな手がかりをそろえるための考え方です。

ここで重要なのは、「企業のことをどう感じてもらいたいか」ではなく、「顧客自身が何を感じたいか」を軸にすることです。

例えば、「情熱的な企業」ではなく、その企業と関わることで「安心できる」「自信が持てる」といった顧客が求めている感情に置き換えて、顧客の記憶に残したい感情を絞り込みます。少数の言葉に絞り込むことで、広告、CRM、Webサイト、営業など、異なる担当者がつくる手がかりを同じ方向へ向けることができます。

 

なぜ、3〜4つ程度なのか

エモーショナルモチーフとして設定する言葉の数に、厳密なルールがあるわけではありません。ただ、1つの言葉だけでは、豊かな感情を記憶に残すことはできません。逆に10個も並べると、結局「どんな関係を築きたいのか」が分からなくなります。そこで実務上は、3〜4つ程度に絞ることをおすすめします。例えば、私たちが支援したあるB2Bメーカーでは、「理解されている」「インスピレーションを受けた」「確信を持った」という3つの言葉を軸に据えました。

 

言葉が表している意味・ニュアンスを共有する

例えば「確信を持った」という言葉を選んだとしても、確信して「大胆な」気持ちになったのか、確信して「安心した」のか、人によって思い浮かべる言葉のニュアンスは異なります。

そこで、中心となる言葉の周囲に、それを補強する関連語をいくつか書き出します。例えば、「確信を持った」という感情が何を表しているのか、「自信のある」「知識を得た」「恐れのない」といった関連語を置いています。こうして中心となる感情の周囲に言葉を広げていくことで、チームの中で、この「確信を持った」とは、こういう状態を指す、という共通理解がつくられていきます。

エモーショナルモチーフは単なる「きれいな言葉集め」ではありません。カーボーンはこれを、あらゆる施策が立ち返るべき「北極星(ノーススター)」と表現しています。

 

出発点に迷ったら ― 感情の言葉から選んでみる

何もないところから言葉を考えるのは、意外と難しいものです。そこで、まずは次のリストを出発点にしてみてもよいでしょう。

日本語

英語

日本語

英語

受け入れられた

accepted

認められた

acknowledged

大胆な

adventurous

感謝される

appreciated

安心感のある、確信を持った

assured

くつろいだ

at ease

バランスの取れた

balanced

穏やかな

calm

大切にされている

cared for

刺激を受けた

challenged

大事にされている

cherished

快適な

comfortable

慰められる

comforted

自信のある

confident

つながった

connected

喜んでいる

delighted

夢中になっている

engaged

豊かになった

enriched

興奮した

excited

充実した

fulfilled

ガイドされた

guided

希望に満ちた

hopeful

重要な

important

ちやほやされた

indulged

インスピレーションを受けた

inspired

知識豊富な

knowledgeable

愛された

loved

楽観的な

optimistic

心穏やかな

peaceful

喜んだ、気に入った

pleased

保護された

protected

誇りのある

proud

安心した

reassured

評価された

recognized

リフレッシュした

refreshed

リラックスした

relaxed

解放された、ほっとした

relieved

安全な

safe

満足した

satisfied

支えられた

supported

 

ここから気になる言葉をいくつか選び、「これは自分たちのブランドらしいか?」「顧客に、この感情を残したいか?」をチームで話し合ってみてください。

 

実務でどう使うか ― 「残したい感情」を施策のチェックリストにする

エモーショナルモチーフを決めたら、次のキャンペーンやコンテンツを考える際、二つのステップを踏んでみてください。

まず、「このアイデアは、残したい感情のうち、どれに近づけるべきか」を考えます。例えば「安心感のある」「つながった」「インスピレーションを受けた」という3つを設定していたとします。広告のコピーなら「インスピレーションを受けた、を軸にしよう」、CRMメールなら「安心感のある、を軸にしよう」というように、その施策がどの感情に効くのかを、つくり始める前に一つ選んでおきます。すべての施策が3つの感情を均等に満たす必要はありません。

次に、その視点で表現をチェックします。コピーを書きながら、デザインを検討しながら、「このアウトプットは、狙った感情に近づいているか」「他の2つの感情と矛盾していないか」を確認します。

エモーショナルモチーフは、企業全体のブランドビジョンをつくるためだけのものではありません。自分が担当するブランドや商品について、チームの数人で、「顧客に、どんな感情を残したいのか?」を話し合い、3〜4つ程度の言葉に絞り込み、それぞれの言葉の関連語を共有する。その言葉を次の企画会議の壁に貼っておく。それだけでも、広告とCRMとランディングページの間で、方向性が大きくブレることが減っていきます。

 

次回への問い

ここまでで、企業側が「顧客に残したい感情」を決めることができました。しかし、ここで一つ問題があります。同じブランドでも、「情報を探しているとき」「商品を比較しているとき」「購入を決めるとき」「使い始めるとき」「困って問い合わせるとき」では、顧客が実現したいことも、感じたいことも違います。では、それぞれの場面で顧客は何を目指しているのでしょうか。

次回は、CXデザインの出発点となる、「顧客のゴール」について解説します。

 

[注1] ルイス・P・カーボーン(2004)『Clued In: How To Keep Customers Coming Back Again and Again』FT Press.(未邦訳)