マーケターのためのCXデザイン入門

第4回 ジャーニーごとに「顧客のゴール」がある

作成者: Hideaki Shirane|Oct 26, 2026, 8:05:50 AM

あるアパレルブランドのECサイト。

トップページも、商品ページも、購入後のフォローメールも、すべて「上質でおしゃれな自分になれる」というトーンで統一されています。ところが、サイズ交換の問い合わせページを開いた顧客は、そこでも変わらず「おしゃれな自分になれる」という華やかなコピーに迎えられました。肝心の交換方法は見つからず、最終的に電話で問い合わせることになりました。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか。それは、「顧客が、その場面で何を達成したいのか」という視点が後回しにされたからです。表現を一貫させることは重要です。しかし、何に対して一貫させるのかを間違えると、一貫性そのものが顧客の邪魔をすることさえあります。

 

製品レベルの「顧客のゴール」

顧客が製品やサービスに何を求めているのかについては、すでにいくつかの理論があります。一つは、クレイトン・クリステンセンらによって広められた「ジョブ理論(Jobs to Be Done)」です[注1]。この理論では、顧客は製品やサービスそのものを買っているのではなく、ある「片づけたい用事(ジョブ)」を片づけるために、製品やサービスを「雇っている(hire)」と考えます。有名な例の一つが、ファストフードチェーンのミルクシェイクです。顧客は、ミルクシェイクそのものを味だけで選んでいるのではなく、クルマでの通勤中に、長時間楽しめて、片手で飲めて、空腹も満たせるものとして「雇っている」。このように、製品そのものではなく、顧客が実現したいことから製品・サービスを捉えるのが、ジョブ理論の視点です。

もう一つは、インタラクションデザインの先駆者であるアラン・クーパーが提唱した「ゴールダイレクテッドデザイン」です。クーパーは、ユーザーのゴールを、「エンドゴール(どんな結果が得たいか)」「エクスペリエンスゴール(どんな気持ちになりたいか)」「ライフゴール(どんな自分でありたいか)」という複数の階層で捉えています。ユーザーが具体的な操作やタスクだけをこなすのではなく、その先にある目的や、そこで得たい体験を起点に製品を設計する。これもまた、CXデザインにとって重要な考え方です[注2] 。

*私たちは、エクスペリエンスゴールを「エモーショナルゴール」という言葉で表現しています。

この2つの理論に共通しているのは、顧客は製品やサービスそのものではなく、その先にある「実現したいこと」を求めている、という視点です。だからこそ、CXデザインの出発点として、自社の製品・サービスが、顧客のどんな「ジョブ」あるいは「ゴール」のために選ばれているのかを、まず言葉にしておく必要があります。

 

ジャーニーごとにも、「顧客のゴール」がある

CXをマーケティング施策に落とし込む上で、もう一段細かく考えてみます。顧客は、何かを体験するとき、製品レベルのゴールだけを目指しているわけではありません。「情報を探しているとき」「商品を比較しているとき」「購入を決めるとき」「使い始めるとき」「困って問い合わせるとき」、それぞれの過程で達成したいことがあります。

冒頭のアパレルブランドで考えてみましょう。その顧客がブランドに対して持っている製品レベルのゴールは、「上質でおしゃれな自分になりたい」なのかもしれません。しかし、サイズ交換のページを開いた瞬間のゴールは、「交換方法を早く知りたい」です。この二つは矛盾していません。後者をきちんと満たすことが、前者のゴールを支えています。

業種や製品・サービスによって細部は異なりますが、多くの製品・サービスには、ある程度共通したジャーニーの型があります。

探す → 試す → 買う → 使い始める → 使いこなす → 買い替える

それぞれの段階には、例えば次のようなゴールが考えられます。

 

ジャーニー段階

エンドゴール(得たい結果)

エモーショナルゴール(なりたい気持ち)

探す

欲しい情報がスムーズに手に入る

有能感

試す

不安やモヤモヤがなくなる

安心感/納得感

買う

いい買い物をしたと感じる

達成感

使い始める

面倒なことなく、すぐに使える

快適感

使いこなす

上手くなる、意識しなくなる、愛着がわく

自己肯定感

買い替える

良い判断をしたと思える

納得感/自己肯定感

これはあくまで汎用的な出発点です。自社の製品・サービスに置き換えれば、ジャーニーの段階も、ゴールも変わるでしょう。重要なのは、「その瞬間、顧客は何を実現したいのか?」という問いを、ジャーニーごとに立ててみることです。

 

「エンドゴール」と「エモーショナルゴール」

ここで、表の二つのゴールについて整理しておきましょう。例えば「探す」というジャーニーなら、「欲しい情報がスムーズに手に入ること」がエンドゴールです。それを通じて「自分でうまく見つけられた」という気持ちになりたい。これが、エモーショナルゴールです。つまり、どんな結果を得たいかと、どんな気持ちになりたいかはつながっています。

この二つを明らかにすることで、施策の設計が一気に具体的になります。例えば、問い合わせページのゴールを、「交換方法を説明する」だけで終わらせるのか、「迷わず交換方法を見つけられて、安心する」まで考えるのか。後者まで考えれば、必要な情報設計、ナビゲーション、コピー、問い合わせへの導線なども変わってきます。

 

ジャーニーのゴールと「エモーショナルモチーフ」をつなぐ

ここで、前回解説した「エモーショナルモチーフ」との関係を整理しておきましょう。エモーショナルモチーフは、ブランドが顧客の記憶に残したい感情を、3〜4つ程度の言葉に絞り込んだものでした。一方、ここで考えるジャーニーごとのエモーショナルゴールは、顧客がその場面で求める感情です。この二つは別々のものですが、重ねて考えることができます。

例えば、あるソフトウェア企業のエモーショナルモチーフが「安心感のある」「つながった」「インスピレーションを受けた」だったとします。「探す」というジャーニーで、顧客が「手際よく必要な情報を見つけられた」という有能感を求めています。その有能感を「インスピレーションを受けた」に重ねることができるかもしれません。「使いこなす」というジャーニーなら「上手く使えるようになった」という自己肯定感に、「このソフトウェアとつながっている」という感覚を重ねることもできます。

つまり、ジャーニーごとのゴールが「何を満たすか」を示し、エモーショナルモチーフが「どんなブランドらしさで満たすか」を示します。この二つを重ね合わせることで、顧客のゴールに応えながら、ブランドとしての一貫性を保つことができます。

 

マーケティング施策を、3つの階層で考える

ここまでの話を整理してみましょう。マーケティング施策を、3つの階層で考えることができます。一つ目は、製品・サービス全体のゴールです。「顧客は、そもそもこの製品・サービスを何のために選ぶのか」。二つ目は、その製品・サービス全体のゴールに至る過程で生まれる、ジャーニーごとのゴールです。「その瞬間、顧客はどんな結果を得たいのか」「どんな気持ちになりたいのか」を考えます。三つ目は、ブランドが目指す固有の感情です。「そのゴールを、このブランドならではのどんな感情として届けるのか」。ここに、エモーショナルモチーフが入ってきます。

この3つは、対立するものではありません。ジャーニーごとのゴールは、製品・サービスレベルのゴールの手段として、同時に、エモーショナルモチーフを届ける器として機能しています。

 

製品・サービスレベルの顧客のゴール

↓

ジャーニーごとの顧客のゴール

↑

エモーショナルモチーフ(ブランド固有の感情)

 

この構造で考えることで、「ブランドらしさを守るために顧客の邪魔をする」という奇妙なことが起きにくくなります。

一貫性とは、すべての接点を同じ表現にすることではありません。顧客のジャーニーごとのゴールに応えながら、そこに一貫したブランドの意味を持たせることです。それをもたらすのがエモーショナルモチーフです。

 

実務でどう使うか ― ジャーニーごとに3つの問いを立てる

あなたが担当しているマーケティング施策を一つピックアップしてください。そのジャーニーについて、次の3つを問いかけます。「顧客が得たい結果は何か」「その結果、顧客はどんな気持ちになりたいのか」「その感情は、自社のエモーショナルモチーフとどうつながっているか」。

例えば、アパレルブランドのECサイトの「試す」ジャーニーなら、バーチャル試着中に「不安やモヤモヤがなくなる」だけで終わらせません。「試してみて納得感」が得られ、そしてその納得感の中に「インスピレーションを得た」と感じてもらうにはどうすればいいか、と考えてみます。顧客のゴールとエモーショナルモチーフを重ねることで、抽象的だったCXが、具体的な施策の設計条件に変わっていきます。

 

次回への問い

ジャーニーごとのゴールが見えてくると、次に気になることがあります。顧客は、そのゴールに近づくための選択肢を、何によって見極めているのでしょうか。その判断材料になるのが、第3回で見た「手がかり」です。

次回は、「手がかり」の種類と、それを生み出しているマーケターの実務領域について、詳しく解説します。

 

[注1] クレイトン・M・クリステンセン、タディ・ホール、カレン・ディロン、デイビッド・S・ダンカン(依田光江訳)(2017)『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ・ジャパン

[注2] アラン・クーパー、ロバート・レイマン、デビッド・クローニン(長尾高弘訳)(2008)『About Face 3 インタラクションデザインの極意』アスキー・メディアワークス