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DMN Report #115 メンタルヘルスのゲーミフィケーション:現場で3年間取り組んできたデザイナーからの報告

作成者: DMN事務局|Jan 13, 2026 5:47:41 AM
DMN Report #115
メンタルヘルスのゲーミフィケーション:現場で3年間取り組んできたデザイナーからの報告
Sam Liberty
 

Gamification of Mental Health: A designer dispatch from three years in the field
This time for the non-academics…

 

 

今週初め、私はフィンランド・ヘルシンキで開催された UbiComp 2025 にて、ワークショップ論文の発表を行いました。UbiComp(Ubiquitous Computing の略)は、スマートフォン、ウェアラブル、環境センシングシステムなど、日常生活に溶け込むテクノロジーを研究する研究者たちにとって、世界有数の学術会議です。私が参加したワークショップは、特にメンタルヘルス介入に焦点を当てたもので、メンタルヘルスの課題を「検知する」ことと、人々が実際に治療に「関与する」こととの間にあるギャップを埋めようとする研究者、臨床家、実務家が集まりました。

 

私の論文テーマは、ここ数年取り組んできた内容そのものです。OctalysisFogg Behavior Model といった、一般的に知られたゲーミフィケーションのフレームワークを、臨床的なメンタルヘルスの対象者にどのように適用するか、ということです。本研究は、Sidekick HealthClick Therapeutics での経験、そして、統合失調症、依存症、産後のメンタルヘルス課題、慢性疾患を抱える人々に対して、ゲーミフィケーションを用いて介入を実装してきた、さまざまなコンサルティングプロジェクトでの実践をもとにしています。

問題の核心はシンプルですが、非常に厄介です。私たちはすでに、メンタルヘルスの悪化を検知できるスマートフォンを手にしています。たとえば CrossCheck のようなシステムは、スマートフォンの利用パターンを追跡するだけで、統合失調症の患者の行動変化をモニタリングできます。しかし、問題を検知することは病気との戦いの半分にすぎません。支援を必要とする人たちが実際に介入に関与してくれるかどうか?ここで多くのシステムがつまずいています。

ゲーミフィケーションは、一見すると明快な答えに思えます。なにしろ、ゲームは人を引きつけ続けるように設計されているからです。しかし、ここに落とし穴があります。Duolingo や Fitbit では抜群に機能する手法が、臨床対象者に適用すると、逆効果になることが少なくありません。 私の論文では、現場での実践から見えてきた、本当に機能するゲーミフィケーションについての教訓を提示しました。

 

ソーシャル機能は臨床対象者を不安にさせる

ユーザーリサーチを実施して最も意外だったのは、ソーシャル系の仕組みが、動機づけ要素として一貫して最下位に位置づけられたことです。慢性疾患を抱える約100人のユーザーを対象に調査を行ったところ、「メッセージが届いています」「チームがあなたの助けを必要としています」「成果を共有しましょう」といったソーシャル通知は、圧倒的に望まれない機能でした。

Duolingoの競争的メカニクスを示す画面

 

このことは、ソーシャル要素がエンゲージメントに不可欠だとされる、一般的なゲーミフィケーションの常識とは真っ向から矛盾します。しかし、メンタルヘルスや慢性疾患を扱う文脈では、多くの人がプライバシーを強く求めています。人々はコンテンツを消費すること(他者の体験談を読んだり、情報を集めたりすること)には前向きですが、自身の健康上の苦悩を他人にさらすことは望みません。

この傾向は、統合失調症の患者、依存症回復中の人々、産後の母親、慢性疾患を抱える人々に共通して見られました。Instagram 経由で募集した新米の母親たちのように、オンラインでの共有に慣れていそうな層でさえも、コミュニティの知識にはアクセスしたい一方で、自身の健康の道のりは非公開にしておきたいという強い意向を示していました。

ここで得られる示唆は、臨床的な文脈においては、ソーシャル系のゲーミフィケーションは根本から再考する必要があるということです。


達成システムは「上から目線」に感じられることがある
臨床対象者は、達成(アチーブメント)系の仕組みに対して、一般ユーザーとは異なる反応を示します。メンタルヘルスの課題を抱えている人々は、従来型の達成システムに取り組むエネルギー自体が不足している場合が多く、また競争的な要素によって心理的に刺激されてしまうこともあります。

統合失調症の患者との取り組みでは、認知能力のばらつきが非常に大きいことが明らかになりました。高い機能レベルを持つユーザーの中には、認知機能改善のパズルをすぐに解いてしまい、関与を維持するためには相当な難易度が必要な人もいました。一方で、基本的なパズルでさえ苦戦し、難易度が速く上がりすぎることでフラストレーションを感じてしまう人もいました。

 バッジ設計には WOW フレームワークを用いている
 
私たちは、しきい値にもとづく難易度スケーリングを実装しました。一定の基準に達しているユーザーは現在のレベルを維持し、基準を下回るユーザーにはより易しいレベルを、基準を上回るユーザーには上位レベルを提示する、という仕組みです。この方式では、進行パターンが予測できないことを前提に、難易度レベルごとに膨大なコンテンツライブラリを構築する必要がありました。

設計の甘い達成要素は、たいていの場合、見下したように感じられる(どうせやる行動を褒めるだけ)か、やる気を削ぐ(疾患の影響でできないことを求める)かのどちらかになってしまいます。重要なのは、個々人の能力に見合ったチャレンジを提示しつつ、前進よりも制限や弱点に焦点が当たる比較を避けることでした。


支援を必要とするユーザーほど「透明性」が重要になる

支援を必要とするユーザーは、一般ユーザーに比べて、ゲーミフィケーションの仕組みがどのように機能しているのかを、はるかに明確に理解できる必要があります。臨床対象者は、疾患によって自己決定感が低下しがちであり、その分、結果がどうなるのかがはっきり示され、予測可能な道筋が用意されているシステムを強く評価します。


報酬の仕組みが不透明なシステムは、ユーザーに「操作されている」という感覚を与え、自分自身のケアに主体的に関わっている感覚を損ないます。臨床の文脈において効果的なゲーミフィケーションには、報酬メカニズムの明示的な説明、達成までの明確なステップ、そして機能への関与度合いをユーザー自身がコントロールできることが不可欠でした。

 

THE ETHIC フレームワークは、透明性とカスタマイズ性を重視しています。これら2つの要素は、メンタルヘルスの診断を受けているユーザーにとって、特に重要な意味を持ちます。

 

この点は、ヘルスケアアプリにおける主体性とコントロール感に関するより広い原則とも関係しています。ユーザーが「なぜポイントを獲得しているのか」「どうすれば機能が解放されるのか」を理解できないと、自身の治療に対するオーナーシップが損なわれてしまいます。

 

適応型システムは機能する(正しく設計されていれば)

私たちの実装の中でも特に成功した例のひとつが、適応型の歩数カウンターでした。初期の試みとして、目標達成時に単純に次の目標値を引き上げる仕組みを導入しましたが、これはユーザーのフラストレーションを招きました。旅行中の長時間歩行やハイキングなど、例外的に活動量が多い日があると、その影響で次の目標が大幅に引き上げられ、元に戻らなくなってしまったのです。

 

そこで、適切なタイミングで目標を下方修正し、一貫した進捗パターンが見られる場合にのみ目標値を引き上げる、より高度な適応アルゴリズムを実装したところ、ユーザーの歩数目標達成率が 20%向上しました。これは直接的なメンタルヘルス介入ではありませんが、身体活動はメンタルヘルス治療と全体的に相互作用する重要な要素です。

 

スマートフォンを中心に据えた設計は、極めて重要でした。Apple Health や Google Fit といったプラットフォームのヘルスデータと連携することで、追加の入力をユーザーに求めることなく、包括的な行動コンテキストを把握できました。これは、臨床対象者が直面するアクセシビリティ上の制約に配慮しつつ、適応型介入に必要なセンシング能力を維持するうえで有効でした。

 

「理想のユーザー」ではなく「今いるユーザー」のために設計する

多様な臨床対象者に向けて実装を行う中で得られた、最も重要な教訓のひとつは、臨床ユーザーを均質な集団として捉える前提そのものが成り立たないという点でした。

 

私たちは既存のフレームワークをそのまま修正するのではなく、逆向きの適用アプローチを採用しました。まずインタビューやリサーチを通じて特定のユーザー集団を深く理解し、その集団を動機づけているコアドライバーを特定します。そのうえで、それらのドライバーに合致するメカニクス(機構)を選択しつつ、潜在的に有害となりうる要素を意図的に避けていきました。

 

このアプローチは、依存症の対象者において特に大きな価値を発揮しました。というのも、モバイルゲームで使われているフリーミアム型の従来のエンゲージメント手法は、支援が必要なユーザーを搾取してしまう危険性があるからです。利用時間の上限を設けたり、依存行動と類似した可変報酬スケジュールを意図的に避けることで、治療の効果を保ちながら、倫理的な実装を実現することができました。

 

デジタル・メンタルヘルスにとっての意味

ユビキタス・コンピューティングによるセンシング技術と、ゲーミフィケーションの専門知識が融合することで、デジタル・メンタルヘルス介入におけるエンゲージメントの壁を乗り越える現実的な可能性が生まれています。しかし、その可能性を実現するには、既存フレームワークを慎重に適応させることが不可欠であり、一般消費者向けアプリの戦略をそのまま適用することはできません。

 

センシング技術が、メンタルヘルス介入が必要な瞬間をますます高精度で検知できるようになるにつれ、検知と継続的な関与とのあいだを橋渡しする存在として、ゲーミフィケーションの知見は不可欠になっていきます。スマートフォンを中心に据えた設計は、ユビキタス・コンピューティングの原則を、誰もが使える技術プラットフォームを通じて実装することで、臨床対象者にとって有効かつスケーラブルな介入を実現できることを示しています。 

UbiComp ISWC 2025 で私が発表したカンファレンススライド

 

これから求められるのは、ユーザーの主体性への敬意、臨床的文脈に対する深い理解、そしてユーザーに対する厳密なユーザーリサーチにもとづく、実証済みフレームワークの慎重な適応です。これらが丁寧に実装されたとき、ゲーミフィケーションは、デジタル・メンタルヘルスツールを「守らされるもの」から「回復とウェルビーイングに伴走する魅力的なパートナー」へと変えてくれます。

以上が、私が UbiComp で共有した内容でした。研究者からの反応は好意的で、多くの人がセンシングや検知システムの研究に取り組む一方で、エンゲージメントの部分に課題を感じていることがわかりました。これらの知見が、そのギャップを埋める一助になればと思っています。

Sam Liberty は、ゲーミフィケーションの専門家でありゲームデザイナーで、ノースイースタン大学で教鞭をとっています。本研究は、フィンランド・ヘルシンキで開催された UbiComp 2025「Ubiquitous Technologies for Mental Health」ワークショップにて発表されました。

 

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