コンテンツまでスキップ

第1回 なぜ今、マーケターがCXデザインを学ぶ必要があるのか

マーケターを取り巻く環境は、大きく変わりました。デジタル化によって顧客データを詳細に把握できるようになり、MAツールの普及でその情報に応じた配信・出稿が自動化され、施策のPDCAを高速に回せるようになりました。さらに生成AIの登場は、広告コピーやメール文面、コンテンツ、LPなどの短時間・大量制作を可能にしています。

それでもなお、マーケターの仕事はむしろ難しくなっているのではないでしょうか。多くの企業で、次のような循環が起きています。

短期成果に偏る → 施策が似通い、差別化できなくなる → ブランド価値が蓄積されない → さらに短期施策に頼る

なぜ、このような循環に陥ってしまうのでしょうか。3つの課題から考えてみます。

 

課題1 施策、ブランド価値、成果の「因果」が見えにくい

多くのマーケターは、短期的な成果だけを追えばよいとは考えていません。本来は、顧客との関係を長期的に育て、ブランド価値を高め、それを将来の成果につなげていくことが重要だと理解しています。しかし、そこには2つの「見えにくい因果」があります。

一つ目は、個々の施策がブランド価値にどれだけ寄与したのかという因果です。ブランド価値は、単発のキャンペーンによって一気に形成されるものではありません。広告、Webサイト、商品、営業、カスタマーサポートなど、無数の接点での体験が積み重なり、時間をかけて形成されていきます。そのため、「このキャンペーンによってブランド価値がどれだけ上がったのか」を、直接測定することは困難です。

もう一つは、ブランド価値の向上が、売上などのビジネス成果にどれだけ寄与したのかという因果です。ブランドへの好意や信頼が高まったとしても、それが実際の購買や売上にどれだけつながったのかを、価格、競合、景気、商品力など、他の要因と切り分けて証明することは簡単ではありません。

施策 → ブランド価値 → ビジネス成果

という流れは測定しにくい。

施策 → クリック → コンバージョン → 売上

は測定しやすい。

この違いが、マーケティング投資を「証明しやすい短期成果」へと傾ける一つの要因になっています。

 

課題2 短期施策そのものが効きにくくなっている

検索エンジンの評価基準に沿ったSEO、そしてABテストによる「勝ちパターン」への最適化。この積み重ねが、各社の施策から独自の工夫の余地を少しずつ削ってきました。上位表示されやすい構成、クリック率の高い見出しの型、コンバージョン率の高いボタンの配置。「正解」が共有されるほど、企業ごとの施策は自然と似通っていきます。

そこに、生成AIが加わりました。広告コピーをつくる、メールを書く、コンテンツを量産する、LPを改善する。こうした活動のスピードと量は、AIによって飛躍的に高められます。しかし、競合企業も同じようにAIを使います。「より速く、より大量に、より最適化する」だけでは、企業間の差がつきにくくなっています。

こうして、これまで競争力になっていた「施策を実行する能力」が、徐々にコモディティ化していきます。

 

課題3 施策を積み重ねても、ブランド価値が蓄積されない

広告、Webサイト、コンテンツ、CRM、営業、カスタマーサポート。企業は顧客とのさまざまな接点で、日々たくさんの施策を行っています。広告はクリック率やコンバージョン率、カスタマーサポートは対応時間や解決件数、SNSはエンゲージメント率、CRMは開封率やクリック率。それぞれの担当者は、自分の持ち場のKPIを上げようと、日々工夫を重ねています。しかし、それぞれの施策が個別のKPIに最適化されると、顧客から見たときには、それらが一つの「企業との体験」としてつながらなくなります。

広告では「お客様に感動を」と言っているのに、問い合わせでは保守的な対応をされる。SNSは親しみやすいのに、メールはAIっぽい。購入までは期待を高めるのに、購入後は急に関係が途切れる。個々の接点では施策が成功していても、それらが顧客の中で一つの意味としてつながらなければ、ブランド価値は蓄積されていきません。

むしろ、施策を増やすほど、「この会社は、結局どういう会社なのか」という違和感が生まれやすくなってしまいます。

 

だから、マーケターに「CXデザイン」が必要になる

どうすれば、短期的なマーケティング施策をブランド価値につなげられるのでしょうか。その鍵になるのが、顧客体験(CX)を単なる「接点の改善」ではなく、「顧客の記憶に残る体験の設計」として捉える視点です。

顧客は、企業が実施した施策を、一つひとつ独立したものとして記憶しているわけではありません。広告を見て、商品を知り、比較し、購入し、使い、問い合わせ、そして再び広告を見る。その一つひとつの体験で感じたことが、次の体験への期待をつくり、やがて企業に対するイメージや信頼、選好へとつながっていきます。

マーケティング施策は「その場の成果」を生み出すだけではありません。次のジャーニーに影響を与える「手がかり」にもなっています。

重要なのは、一つひとつの施策を成功させることだけではありません。一つひとつの施策を、顧客との長期的な関係を育てる一つの体験にすること。それが、AIによって施策の同質化が進む時代に、マーケターに求められる新しい役割ではないでしょうか。

 

この連載で扱うこと

本連載では、マーケターが使える「CXデザイン」の視点を整理し、全10回で解説していきます。

顧客の中に、どのような「感情の記憶」を残したいのか。顧客はそれぞれのジャーニーで、何をゴールとしているのか。どのような「手がかり」を受け取り、どのように評価し、どんな感情を抱くのか。その感情が、次のジャーニーの期待にどう影響するのか。そして、個々の体験がどのようにつながることで、企業との関係性がブランド価値として蓄積されていくのか。

連載全体では、次の一本の流れを軸に考えていきます。

感情の記憶 → エモーショナルモチーフ → ゴール → 手がかり → 評価 → 感情 → 次のジャーニーへの連鎖 → 一貫性 → 振り返り → 関係性

心理学、行動経済学、マーケティング理論、デザイン理論などの知見と、広告運用、コンテンツマーケティング、CRM、EC、カスタマーサポートなど、日々の具体的な実務をつなぎながら解説していきます。各回の最後には実務での使い方も用意しますので、ぜひあなたの仕事に当てはめながら読み進めてください。

 

CXデザインが機能すると、好循環が生まれる

課題1で見たように、施策からブランド価値、そしてブランド価値からビジネス成果という因果を、個々の施策単位で直接証明することは困難です。しかし、CXデザインの視点を取り入れれば、日々追いかけている短期施策そのものを、顧客の感情の記憶を育てる機会として設計し直すことができます。すると、次のような好循環をつくることができます。

CXデザインを取り入れて短期成果を追求する → 顧客の感情の記憶に残る → ブランド価値が蓄積される → 差別化につながる → 短期成果に好影響を与える

短期的な成果を追うことを、やめる必要はありません。この連載が伝えるのは、短期的な成果の追い方を変えることです。その場のコンバージョンだけを生み出す施策から、コンバージョンを生み出しながら、同時に顧客との関係も育てる施策へ。マーケターにとってCXデザインは、短期成果とブランド価値を別々の活動として考えるのではなく、同じ一本の線でつなぐための技術です。

 

あなたが担当した施策を振り返ってみる

まずは、あなたが担当した直近のマーケティング施策を振り返ってみてください。その施策は、「測定しやすい短期成果」だけに最適化されていなかったでしょうか。その施策は、顧客から見て、他の接点にどんな影響を与えたでしょうか。それらを体験した顧客の中に、何を残したでしょうか。この問いこそが、CXデザインの出発点になります。

次回は、顧客の中で企業との関係がどのように育っていくのか。そのメカニズムである、「感情の記憶」について解説します。

 

 

お問い合わせフォーム