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新しい患者体験を創出する“BRIDGEプロジェクト”から生まれた子宮体がん患者さんノート『歩自彩(Ajisai)』

Client

アストラゼネカ株式会社様

CX Management

Background

背景

アストラゼネカの患者体験創出を目指す「BRIDGEプロジェクト」の一環として、子宮体がん患者さんの歩みに寄り添うノート『歩自彩(Ajisai)』の開発を支援。患者視点での「ライフゴール」再定義を目指し、問いの設計やプロトタイピング、検証インタビューを通じて、心身の負担に寄り添う一冊の完成までを一貫して伴走しました。

Approach

アプローチ

  • 「ライフゴール」を整理する問いの流れを具現化し、世界観を含めたプロトタイプを早期に可視化
  • 患者さん・ご家族・医師への検証インタビュー(共感のDeep Dive)を通して受容性とデザインをブラッシュアップ

Outcome

結果

  • 実物(プロトタイプ)を通じた議論により、社内外での共感とプロジェクト推進の加速を実現
  • 医療従事者との対話を補完し、患者さんが自分らしく生きるきっかけとなる冊子『歩自彩』を完成

Scope of support

支援範囲

コンセプト開発/プロトタイピング/顧客インタビュー/UXデザイン/クリエイティブディレクション

はじめに

アストラゼネカ株式会社(以下、アストラゼネカ)は、2020年より、患者さんにとっての価値のある体験を提供するというコンセプトの「BRIDGE」プロジェクトを進めています。

その数ある試みの中で2025年、一つの確かな形が結実しました。それが、子宮体がん患者さんの歩みに寄り添うノート『歩自彩(Ajisai)』です。

子宮体がんは手術による根治が望める一方で、後遺症による生活上の困りごとや、子宮を失うことによるアイデンティティの揺らぎなど、目に見えにくい心身の負担を抱える患者さんも少なくありません。

「患者視点」を言葉として掲げるのは容易ですが、こうした複雑な心境に寄り添い、実態あるものへと昇華させるプロセスには、多くの試行錯誤がありました。プロジェクトチームはいかにして課題を乗り越え、この一冊に想いを込めたのか。その歩みをご紹介します。

プロセス

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内藤様・金村様が温めていたアイデアの種を起点に、プロトタイピングから検証、最終化までをプロジェクトチーム一丸となって推進。アストラゼネカ側がプロジェクトの軸となる「この冊子の目的・意味やネーミング」を確立。mctのエクスペリエンスデザイナー2名がそれらを具体的な問いや構成へと落とし込み、大伸社ディライトのグラフィックデザイナーとも連携。検証インタビューでは関与者全員で患者さん・ご家族の想いを受け止め、冊子という形に仕上げた。

プロジェクトの背景

製薬会社の枠を超え、患者さんの「より良い人生」に寄り添う

mct

はじめに、御社が推進する「BRIDGE(ブリッジ)プロジェクト」が始まったきっかけを教えてください。

北川さん

アストラゼネカは、がん領域のトップランナーとして医薬品を提供してきました。一方、メディカルアフェアーズ部門の主な役割は、エビデンスを創出し、医師の先生方と議論を重ねる、いわゆるコンフィデンス活動が中心でした。ただ、その活動を続ける中で「それだけでは患者さんに十分な価値を届けきれていないのではないか」と感じるようになったんです。

mct

どのような点に課題を感じられていたのでしょうか?

北川さん

患者さんのお話を聞くと、日常生活の中に本当に多くの困りごとがあることに気づきました。どんなに良い薬を届けても、患者さんが抱えるすべての課題を薬だけで解決することはできません。医師とのやりとりやエビデンス活動だけでは、どうしても手が届かない領域があると感じました。

mct

そこからBRIDGEプロジェクトが生まれたのですね

北川さん

はい。2020年頃から、「製薬会社として、患者視点で医療に貢献できることがもっとあるのではないか」という議論が社内で起こり始めました。アストラゼネカは"Patient Centric(患者中心)"を掲げていますが、薬の提供だけに価値を限定してしまうと、企業としての役割や可能性を自ら狭めてしまうのではないか、という問題意識がありました。

mct

製薬会社が、患者さんの体験に向き合うことには、どんな意味があるとお考えですか?

北川さん

新薬を世に出して終わりではなく、その前後にある課題に向き合うことこそが、メディカルアフェアーズ部門の本質だと思っています。がん患者さんにとって「長く生きたい」という願いは薬が応える領域ですが、それだけでなく「より良く生きたい」「自分なりの人生をどう歩みたいか」という想いがあります。そこに向き合う価値を、私たちは模索してきました。

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mct

BRIDGEに関わるメンバーには、どのような期待を持たれていましたか?

北川さん

課題の表面だけでなく、「本当のニーズは何か」を丁寧に掘り下げることです。その上で、単純な課題の裏返しではない解決策を、論理的に組み立てていく。最終的には、患者さんの想いをきちんとプロジェクトに乗せていくことを期待していました。

mct

長期的にBRIDGEを推進していく中で、社内の反応はいかがでしたか?

内藤さん

はじめは、半信半疑という反応もありました。しかし、対話の機会を設け続けたり、発表の機会があれば紹介させていただいたり、文化醸成に関することも含めて試行錯誤を重ね、BRIDGEに参加してくれるメンバーも増やしながら、少しずつ具体的な形を積み上げていく中で、活動の意味は徐々に共有されてきたと感じています。

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メディカル本部オンコロジー領域で提唱されているBRIDGEプロジェクトの概要

子宮体がん患者さんが直面する「アイデンティティの揺らぎ」

mct

様々な疾患がある中で、今回「子宮体がん」でプロトタイプまで進めたのは、何か理由がありましたか?

内藤さん

BRIDGEはメディカル部門で独立したプロジェクトではなく、アストラゼネカが注力している疾患領域・製品戦略に基づいて進める背景があります。その中で「疾患や治療の特性と、BRIDGEでフォーカスしている患者さんの課題、それに対する解決のアプローチが合っているか」は常に意識しています。子宮体がんについては、患者さんから聞き取った課題とそれに対する解決の方向性が、患者さんの生活上の困りごとにアプローチするBRIDGEプロジェクトの性質とフィットしていました。

mct

製薬会社が、患者さんの体験に向き合うことには、どんな意味があるとお考えですか?

金村さん

子宮体がんは、子宮摘出手術が標準治療です¹。多くの患者さんは早期に発見されることで、治療によって回復し、その後日常生活や社会生活に戻られる方が多い一方で²、手術の後遺症による身体的な影響によって生活上の困りごとを抱えることもあります。さらに、子宮を失うことで、目に見えない形で「自分のアイデンティティが揺らぐ」感覚を持つ方も少なくありません。がんになったという事実から日常生活に戻っても、気持ちを引きずってしまう…、そんな声を患者さんから聞いてきました。だからこそ、「ライフゴール(※)の視点で自分を見つめ直す」というコンセプトが合うと感じました。子宮や卵巣を取っても、その人自身が変わるわけではない。そのことを、ご本人が確かめられるきっかけになればと思ったんです。

 

※ライフゴール(Life Goal)とは

人生における大きな目標や目的を指す概念。個人がどのような人生を送りたいのか、どのような価値を重視しているのかを反映し、長期的な視点での指針となる。リハビリテーション医学の分野では、このライフゴールと治療目標を結びつけることが、患者の不安軽減や治療への参加意欲に効果的であることが示されている。(参考:Ogawa et al., Clinical Rehabilitation 2016, Vol. 30(9) 909–920)

キーポイント

自分を見つめ直すための「問い」を設計し、自然と「ライフゴール」にたどり着く構成を検討した

mct

他にもアイデアがあった中で、最終的に「ノート」という形を選ばれた理由を教えてください。

金村さん

背景にあったのは、患者さんが自分のつらさを家族に伝えづらい、という「対話」の課題でした。最初はご自身の疾患の状況を記すノート案や、体調不良を通知するアプリ案も検討していました。ただ検証を進める中で、患者さんが求めているのは必ずしも具体的なサポートではなく、「つらさに寄り添ってもらえること」や「自分の気持ちを認めてもらえる関係性」だと分かってきました。それならまず、自分の状態や気持ちを整理できることが大切なのではないかと考え、自分の想いをつづるノートというアイデアに絞っていきました。

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mct

開発初期は、かなり手探りの状態でしたよね。

金村さん

正直、最初はここまでの形になるとは思っていませんでした。ただ「ライフゴール」という考え方を軸にする方向性が見えたことは大きかったです。一方で、その概念をどう具体化するかは全く決まっていない状態でした。

mct

アイデアが形になっていったきっかけとして印象的だったことはありますか?

金村さん

mctさんから現在・過去・未来を順に振り返る問いの流れを提案してもらったことですね。漠然としていたライフゴールの概念が、「問いの構成」として整理され、土台ができたことで一気に具体化が進みました。
また、最初にmctさんにお渡ししたのは簡単なコンセプトシートだけでしたが、次の打ち合わせでノートの形になっていて、そのスピード感に驚きました。

mct

初期段階のラフな形を、前向きな議論に乗せてくださり、ありがたかったです。

金村さん

プロトタイプの構成案を出していただいてから、両社で意見を出し合うことができ、一気に前に進んだのが印象的ですね。

相馬(mct)

金村さん・内藤さんが、私たちが意見を言いやすい場にしてくださっていたのもとても助かりました。

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miroで初期プロトタイプについてディスカッションした様子

mct

タイトルの『歩自彩(Ajisai)』も印象的ですね。

金村さん

内容が抽象的なので、名前も抽象度のあるものがいいと考えました。「My Life, My Way」というフレーズを起点に、「自分らしく歩む」という意味を漢字に込めて、当て字ですが『歩自彩』にしました。

内藤さん

固有名詞として名前が付いている方が、プロジェクトとして社内外でも広がりやすいというのは過去の経験から思っていました。上申の際には「なぜアジサイなのか」という理由を求められましたが、最終的には冊子内の説明文の形で整理しました。

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実際の冊子内説明文

金村さん

最初は「受け入れられるかな」と少し不安もありましたが、結果的には良かったです。社内でも「アジサイ」で通じていますし、先生方も自然に「アジサイ」という言葉を使ってくださったりして、受け入れられている感覚がありますね。

楠本(大伸社ディライト)

タイトルが決まったことで、デザインの拠りどころが明確になりました。現在・過去・未来をアジサイの花の変化で表すなど、冊子全体の世界観を一貫して表現できたと思います。

内藤さん

この絶妙な色合い、トーンもいいなと思いました。

楠本(大伸社ディライト)

アジサイというモチーフからもインスピレーションをいただきましたし、患者さんへのインタビューの時に「ピンク色だと、よくある婦人科の冊子類に埋もれそう」という声を聞いたのですが、それもデザインを考える上で大きなヒントになりました。

患者さんやその家族、医療従事者の想いを手がかりに、プロトタイプの輪郭を確かめていった

mct

患者さんへの検証インタビューからも多くの気づきがありましたね。

内藤さん

実際に対面でお話しすると、患者さんだけでなく、ご家族にも言葉にしきれない思いがあることが伝わってきました。BRIDGEの中でKey approachとして「共感のDeep Dive」というプロセスを定義しているのですが、直接お話させていただくことでその過程の質が高まることも感じました。作りながら「この人に届けたい」という具体像がはっきりしていったのは大きかったです。

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BRIDGEプロジェクトにおける「共感のDeep Dive」の考え方

mct

今回は患者さんだけでなく、医師にも検証インタビューを行いました。

金村さん

一部の先生からは、患者さんがノートに書いた内容を一緒に見ながら話すことで、「普段の診療では聞けなかった趣味や家族の話が聞けた」という声をいただきました。患者さんと医療従事者とのコミュニケーションを補完するツールとしての可能性を感じました。

内藤さん

一方で、すべての人にマッチするものではない、という前提も重要です。「どんな人に合うのか」を常に考えながら言葉にして定義し続け、現時点で最もまずお届けしたい方の像が明確になったことで、今後の配布方法や活用方針の検討にもつながっています。

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成果

『歩自彩(Ajisai)』として目に見える形になり、社内の理解が一気に進んだ

mct

ノート完成後、社内外の反応はいかがでしたか?

内藤さん

全体として、とても良い評価と聞いています。

金村さん

正直、コンセプト段階で社内に共有したときは、そこまで強い手応えはありませんでした。でも、試作品を見せた瞬間に空気が変わったんです。実物を見ることで、「こういうことか」と一気に理解が深まった感覚がありました。

内藤さん

言葉で聞いていたものやコンセプトが見える形で落とし込まれたことで、腑に落ちたのだと思います。伝わり方がまったく違いましたね。まさにデザインの力だと感じました。

相馬(mct)

患者さんへのインタビューも、実物があったからこそ具体的な反応が返ってきましたね。早い段階でプロトタイプを作ることが大事なんだなと改めて思いました。

内藤さん

本当にそうですね。コンセプトを最もよく表す「適切なプロトタイプ」を作ることが重要だと、今回強く実感しました。

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ブラッシュアップされた『歩自彩(Ajisai)』最終版

mct

今後の展開については、どのように考えていますか?

内藤さん

どんな患者さんに、どのタイミングで届けるのが適切かを、社内の関係者も含めて検討しています。段階的に広げていく想定です。

金村さん

『歩自彩』は、患者さんが自分の気持ちを整理し、前向きに人生を考えるきっかけになるツールだと思っています。治療を直接変えるものではありませんが、その積み重ねが、治療との向き合い方にも良い影響を与えていく可能性があると考えています。まずは、きちんと必要な人に届くことを大切にしたいです。

mct

医療分野において、患者さんの声を起点に考える「デザイン思考」の可能性についてはどう感じられましたか?

内藤さん

潜在的なニーズに向き合い、解決策につなげるという意味で、とても相性の良いアプローチだと感じています。ただし、デザイン思考は我々がやろうとしていることに現時点で最も合っている思考法なだけであり、何でもデザイン思考で解決できるわけではないので、やりたいこととどうマッチするか、マッチさせるかを考えながら、我々で不足しているCapabilityを認識して、そこはプロの方の力を借りながら一緒に進める姿勢が重要だと思います。

金村さん

がん患者さんのニーズは簡単に理解できるものではありません。だからこそ、共感しようとするプロセス自体に価値があると考えています。その支えとして、デザイン思考は有効な手法だと感じています。

mct

本日はありがとうございました!

今回は、アストラゼネカが取り組む患者体験創出の一環として進められた、子宮体がん患者さん向けノート『歩自彩(Ajisai)』のプロトタイプ開発から検証、完成に至るまでのプロジェクトについてお話を伺いました。
本プロジェクトでは、mctが伴走支援という形でプロセスをサポートし、当時中心となって推進されていた金村さん、内藤さん、そして承認者として全体を統括されていた北川さんに、それぞれの視点から振り返っていただいています。

※本記事は、2025年12月に実施した取材内容をもとに構成しています。

出展:

1:日本婦人科腫瘍学会 編: 患者さんとご家族のための子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん治療ガイドライン 第3版, 金原出版, 2023.

2:国立がん研究センターがん情報サービス 薬物療法 もっと詳しく(https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/drug_therap

北川様

北川 洋さん

メディカル本部 オンコロジー領域統括部長。医師、医学博士、公衆衛生学修士。「BRIDGE」プロジェクトの責任者として、患者さんへ真の価値を届けるための組織文化を牽引。本プロジェクトにおいては、承認者の視点からチームの活動を支援した。

内藤様

内藤 雄さん

メディカル本部 オンコロジー領域 Experience Strategy Lead。「BRIDGE」プロジェクトの推進を担い、疾患横断で数多くの患者体験創出をマネジメント。本プロジェクトでは戦略の全体設計から実行までをリードし、部門として掲げる「患者視点」を具体的な支援のかたちへと落とし込んだ。

金村様

金村 優香さん

オンコロジー部門 Women's Cancer領域 Associate Medical Affairs Lead。女性がん領域への深い知見を活かし、本プロジェクトの企画立案から医療従事者との調整まで、現場の最前線を担当。患者さんの心に寄り添う一冊にするため、実務と想いの両面からプロジェクトを支えた。

 

 

Project Member

プロジェクトメンバー

アカウントディレクター  藤田 洋輔

ディレクター/エクスペリエンスデザイナー  池田 映子

デザインリサーチャー  相馬 未奈

グラフィックデザイナー  楠本 祥子(大伸社ディライト)

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