グローバルCX経営
海外売上は伸びているのに、海外でブランドが育たない理由
はじめに
しかし、その一方で、海外市場でブランドが育たないという課題が、かつてないほど大きくなっています。売上は伸びていても、ブランドで選ばれる存在にはなっていない。
一般的には、「デザインに一貫性がない」「広告表現が弱い」「発信量が足りていない」といった、ブランド施策の課題として説明されます。
しかし、私たちは、本質的な原因はもっと手前にあると考えています。
日本企業は、商品を売る仕組みはつくってきました。しかし、ブランドを育てる仕組みはつくってきませんでした。なぜなら、その重要性に気づいていなかったからです。
品質は高い。技術力もある。現地法人もある。売上も伸びている。そこに、品質でも技術でもなく、ブランドを戦略の柱に掲げる競合企業が現れます。
ブランドは、ロゴや広告によってつくられるものではありません。顧客が体験を積み重ね、その企業に対する感情を記憶として蓄積していくことで育っていくものです。
つまり、ブランドとは、体験を通じて積み重なっていく顧客の感情の記憶です。
ブランドを戦略の柱に掲げる企業は、そのプロセスを熟知しています。顧客体験を継続的に学び、改善し、育てる仕組みを構築し、経営しています。私たちは、この仕組みを経営することをグローバルCX経営と呼んでいます。
海外でブランドが育たない会社
あるあるチェックリスト
まずは、自社の状況を確認してみてください。次の項目にいくつ当てはまるでしょうか。
組織行動の力
◻︎ グローバルでブランドを統括する組織がない
◻︎ グローバルで目指すべきCXの方向が定まっていない
◻︎ 国・地域によって従業員のモチベーションに大きな差がある
デザインの力
◻︎ 定性的な顧客調査を実施していない
◻︎ 顧客インサイト抜きでマーケティング施策を企画・設計している
◻︎ 人間中心のデザインプロセスを採用していない
オペレーションの力
デジタルの力
脱学習の力
海外売上は伸びても、ブランドは育たない
しかし、顧客から見れば、ブランドはつくられるものではありません。体験するものです。
顧客は、単純にロゴだけを記憶しているのではありません。問い合わせの対応。営業とのやり取り。Webサイト。納品。サポート。クレーム対応。こうした無数の体験が積み重なり、「このブランドらしい」という記憶になります。
日本企業の多くは、海外事業を「売るための仕組み」として設計してきました。現地法人、代理店網、価格戦略、物流網。これらを緻密に最適化すれば、海外売上は伸びます。
しかし、これはブランドを育てる仕組みにはなっていません。ブランドは、それぞれの国・地域の顧客との関係から生まれます。その関係を継続的に学び、改善し、積み重ねる仕組みがなければ、海外売上は伸びても、ブランドは育ちません。
これは組織図の問題ではありません。私たちは、企業が長年培ってきた組織OSの問題だと考えています。組織OSとは、企業が無意識に繰り返している意思決定や学習の仕組みです。
海外でブランドが育たない企業を見ると、そこには共通して五つの力が不足しています。組織行動の力、デザインの力、オペレーションの力、デジタルの力、そして、脱学習の力です。
ブランドが育たない原因は、ブランド活動そのものではありません。組織OSに、ブランドを育てるための5つの力が組み込まれていないことにあります。グローバルCX経営とは、この5つの力を、世界中の拠点で機能させ続ける経営そのものです。

ブランドは、顧客理解の深さ以上には育たない
海外市場について議論すると、多くの企業で次のような言葉が聞かれます。「北米はデジタルが進んでいる」「欧州はブランド志向だから」「アジアは国によって違う」。しかし、それは市場の説明であって、顧客の説明ではありません。
本当に知るべきなのは、顧客は何を期待し、どこで迷い、どの瞬間に安心し、何を記憶として持ち帰ったのか、という体験です。ブランドは、その体験の積み重ねによって育つからです。
多くの日本企業では、顧客とのやりとりが営業情報に置き換わっています。「売れた」「競合に負けた」「価格が高いと言われた」。それだけでは顧客体験は見えません。購入前にどんな不安を感じていたのか。顧客が本当に求めていることは何だったのか。競合と何を比較していたのか。顧客にとって自社のブランドはどんな存在なのか。こうした理解がなければ、顧客体験をよくすることはできません。
誤解のないように言えば、これは「売上か顧客体験か」という話ではありません。顧客体験が育てば、ブランドが育ち、ブランドが育てば、選ばれる理由が増え、それは中長期的な売上に還元されます。むしろ、売る仕組みだけでは届かない領域を、ブランドを育てる仕組みがカバーします。そのための土台が、顧客理解です。
そして、顧客理解は、もう一つの理由でも失われています。それが組織に蓄積されないことです。多くの企業では、他の国・地域でどんな調査を実施したのかすら共有されていません。インタビューを実施しても、そこで得た顧客インサイトは担当者の仕事として終わります。共有フォルダに保存されたレポートは、誰にも気づかれないまま眠ります。
顧客理解は、一度使って終わる資料ではありません。商品開発にも、営業にも、サービス改善にも活用できる、企業共通の資産です。世界でブランドが育っている企業は、単に調査が上手なのではありません。ブランドを育てるために、世界中で得られた顧客理解を、組織の資産として蓄積・共有し、実践に生かしています。
私たちは、この力をデザインの力と呼んでいます。それは、見た目を整えることではありません。顧客を深く理解し、その理解を起点に、体験を設計する力です。
ブランドは、顧客理解の深さ以上には育ちません。だからこそ、ブランドを育てる第一歩は、それぞれの国・地域の顧客を深く理解することから始まります。これが、グローバルCX経営の土台となります。
理解を「翻訳」し、翻訳を「実行し続ける」
それぞれの国・地域の顧客を深く理解する。これは、ブランドを育てるための出発点です。そして、顧客理解は、顧客体験へと翻訳されなければなりません。
例えば、顧客が「安心したい」と感じていることが分かったとします。その理解を、Webサイトではどう表現するのか。営業はどう説明するのか。店舗ではどのような接客を行うのか。商品はどのような体験を提供するのか。カスタマーサポートはどう対応するのか。これらを設計して初めて、顧客理解は顧客体験の青写真になります。この翻訳も、デザインの力の仕事です。
しかし、ここで終わりではありません。青写真は、描いただけでは何も変わりません。それを、世界中の現場で実行し続けて初めて、顧客はその体験を積み重ね、ブランドとして記憶します。
多くの日本企業には、この「実行し続ける力」が存在しません。
例えば、本社がブランドガイドラインをつくります。現地は、そのガイドラインは自分たちの顧客にフィットしていないと感じ、ガイドラインから外れた依頼を広告代理店にします。その結果、世界中で少しずつ違うブランドが生まれていきます。
日本で使われている最新の商品画像や説明データが、現地に届いていないことも少なくありません。現地は、自分で撮影した商品画像や、古い説明データを掲載することになります。その結果、顧客の体験は悪化し、ブランドは劣化していきます。
多くの日本企業では、それぞれの国・地域がオペレーションを実行し、最適化するための仕組みが十分に整備されていません。
オペレーションとは、業務を効率化することではありません。設計された体験を、それぞれの国・地域の現場で実行し、日々の中で改善し続ける活動です。私たちは、この力をオペレーションの力と呼んでいます。
デザインの力が体験の設計図をつくり、オペレーションの力がその設計図を現実にします。どちらか一方だけでは、ブランドは育ちません。ブランドは、ブランド部門と現場が噛み合い、最適化することで育ちます。この噛み合わせを保ち続けることこそ、グローバルCX経営の実務そのものです。
ブランドが育つ企業は、世界中から学び続ける
ここに、日本企業のグローバル経営が抱える本質的な課題があります。多くの企業は、世界中で商品を販売しています。しかし、世界中から学んではいません。
海外拠点から本社へ届くのは、売上や利益の数字です。しかし、顧客が何を感じ、ブランドがどう記憶されたのか。その学びは、ほとんど共有されません。だから、どこかの国で失敗したことを、別の国でも繰り返します。ある国で成功したことは、別の国へ広がりません。
学習するためには、それぞれの国・地域での実践を、蓄積し、比較し、共有できる状態にする必要があります。この学習を支えるのが、デジタルの力です。国・地域ごとにバラバラだったWebサイトや顧客データを統合するだけでなく、現場での学びを世界中で蓄積し、利用できるようにするのもデジタルの重要な役割です。
そして、学習を阻む最大の壁があります。それが、「自分たちの常識を疑えないこと」です。日本では当たり前だったこと。日本では成功したこと。日本の顧客には喜ばれたこと。それらを、世界でも正しいと思ってしまう。
企業が成長するためには、新しいことを学ぶだけでは足りません。古い前提を手放す必要があります。私たちは、この力を脱学習の力と呼んでいます。
そして、世界中で学び続ける企業を支えるのが、組織行動の力です。ブランドを育てる企業には、共通点があります。顧客を深く理解し、グローバルで目指すべき方向性を揃え、理解を体験へ翻訳し、体験を世界中で実行し、その結果を再び学び、ブランドへ還元している。
重要なのは組織図ではなく、学び続ける仕組みです。ブランドはその循環の中で育っています。私たちが提唱する五つの力とは、この循環を回し続けるための組織OSです。この学び続ける仕組みを経営することこそが、私たちの考えるグローバルCX経営です。
おわりに
私たちは、ブランドを、企業がつくるものだとは考えていません。ブランドとは、世界中の顧客が、日々の体験を通じて育てていくものです。
だから、海外売上が伸びても、ブランドが育つとは限りません。顧客から学ばなければ、ブランドは昨日のままです。
世界中の顧客理解を蓄積し、世界中で体験を改善し、世界中で学び続ける。その循環があるから、ブランドは育ちます。私たちは、この循環を経営することを、グローバルCX経営と呼んでいます。
海外展開とは、商品を世界へ届けることではありません。ブランドを、世界中の顧客と共に育て続けることです。そのために、経営が最初に問い直すべきことがあります。
私たちの会社は、世界中の顧客と、本当にブランドを育てられているだろうか。
海外売上を伸ばす企業は、これからも増えていくでしょう。しかし、機能や品質による差別化が難しくなるほど、ブランドを育てられる企業かどうかが、次の差別化のポイントになっていきます。世界中でブランドを育てられる企業は、まだ多くありません。
ブランドを育てる企業と、商品を売る企業。その違いは、世界中の顧客から学び続ける組織OSを持っているかどうかです。
