ほぐれるCX
CXにまつわる様々なテーマをほぐしながら、実践につながる考察をお届けします。
【第2回補足】4つの世界の違いを探して見つけたCXの共通点
Written by Hideaki Shirane

「AIエージェントによって顧客が関与せずに問題が解決される日も遠くないな」そう考えていたとき、ふと逆の現象に気づきました。提供者が関与しないファンコミュニティのようなCXの存在です。それならば、顧客の関与と提供者の関与という二軸で分類してみるとどうなるだろう。そんな思いつきから生まれたのが、第2回のコンテンツです。二軸で整理してみると、想像以上に興味深いCXの異なる4つの世界が浮かび上がってきました。
4つの世界の物語の舞台裏
第一の世界は、多くの人が思い描く理想的なCXの典型といえるでしょう。この物語を作るにあたり、『帝国ホテル伝統のおもてなし』(日本能率協会マネジメントセンター)を参考にさせていただきました。「背中に目があるようだ」という表現は、この書籍から直接引用したものです。帝国ホテルでは「お客さまが主役」という考えかたを最も大切にしています。堅苦しい接遇ではなく、お客さまが心から安らげる場所づくり、そのための最高の技術を提供しています。
第二の世界は、京都大学大学院山内裕教授の『闘争としてのサービス』(中央経済書)を念頭に物語を作りました。この書籍は、エスノメソドロジーという手法を用いてサービスを分析しており、その洞察は非常に鋭く、深いものがあります。「高級なサービスを受けている時に緊張する」という誰もが経験したことのあることに対して、モースやレヴィ=ストロースといった人類学の知見から、デリダなどの現代哲学者の思想まで踏まえて、そこで繰り広げられているサービスの本質を紐解いてくれる一冊です。サービスデザインを学ぶ方には、ぜひとも押さえておいていただきたい必読書です。
第三の世界は、東京都立大学岡部大介教授の『ファンカルチャーのデザイン 彼女らはいかに学び、創り、「推す」のか』(共立出版)を土台に物語を作りました。私が作った物語は平板で、フィールドワークに基づいた実話が描かれている『ファンカルチャーのデザイン』は100倍面白く、深いです。時折登場するゆるいイラストも絶妙で、読み手を楽しい気分にしてくれます。 余談ですが、岡部教授には個人的にも大変お世話になっています。mctのチームがepic2010でコスプレーヤーツアーを企画・運営した際にご協力いただいたり、同志社女子大学上田信行名誉教授とのウェビナーにご登壇いただいたりと、様々な場面でご支援をいただいています。
コンヴィヴィアルなCX
『ファンカルチャーのデザイン』では、「共愉」という言葉が繰り返し登場します。これは、イヴァン・イリイチの「コンヴィヴィアリティ」を訳した言葉です。実は、第1回でご紹介したリズ・サンダースの書籍『CONVIVIAL TOOLBOX』も、イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』(ちくま学芸文庫)から着想を得たものです。 私たちが主催したセミナーでも、サンダース氏は『コンヴィヴィアリティのための道具』の一節を朗読されました。
「人々は物を手に入れる必要があるだけではない。彼らがなによりも、暮らしを可能にしてくれる物を作り出す自由、それに自分の好みに従って形を与える自由、他人をかまったり世話をしたりするのにそれを用いる自由を必要とするのだ」
つまり、第三の世界はdesign BY peopleの世界ということです。サンダース氏が思い描いている未来のデザイナーの役割は、第三の世界を育てることだと言えるかもしれません。
分析から見えてきた共通点
当初の目的は、4つの世界の違いを分析することでした。しかし、物語を書き進めるうちに、むしろ4つの世界に共通するものが際立って見えてきました。本編でも述べましたが、CXの本質は、顧客の自己肯定感を高め、人としての成長を支援することにあるのではないでしょうか。異なる4つの世界から、この共通の本質が浮かび上がってきたことは、大きな収穫でした。
真ん中に潜む課題
もう一度、4つの世界の二軸マップをご覧ください。この軸が交差する真ん中には、どのようなCXが存在していると思われますか。
私の所感では、この中央部分に、同質化した多くのCXがひしめいています。自動販売機、セルフレジ、コンビニでの接客、定型的な電話対応、マニュアル通りの窓口業務、多くのECサイトなど、確かに便利で、モノとお金の交換は行われていますが、顧客の自己肯定感を高めたり、人としての成長を支援したりすることはありません。
デジタルセイムネスの問題も、単純な同質化の問題ではなく、CXの真の価値に対する理解不足から生じているのかもしれません。
次回は、デジタルセイムネスを乗り越え、人々の根源的欲求に応えるブランド体験デザインについて掘り下げてみたいと思います。どうぞお楽しみに。