ほぐれるCX

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【第3回】意味を共創するブランディング

 人間の根源的欲求に応えるブランド体験デザイン
 

Written by Hideaki Shirane

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はじめに

私たちは日々、無数のブランドと接触しています。でもなぜアップルのファンは新製品発表を宗教的な熱狂で迎えるのでしょうか?なぜパタゴニアの顧客は環境保護活動に積極的に参加するのでしょうか?
この謎を解くための最良の教科書が、実は私たちの身近にあります。人類史上最も成功したブランド体験の事例、宗教です。

究極のブランド—宗教

20億人が反応する究極のロゴ
十字架一つで20億人が反応する。三日月を見れば18億人がイスラム教を連想する。これほど強力なロゴが他にあるでしょうか?キリスト教は2000年、仏教は2500年継続しています。100年続くブランドですら稀な中で、この継続性は驚異的です。しかも、信者が自発的に拡散し続けている。一体なぜでしょうか?

 

宗教から学ぶ3つの要素

 

1. 人生を包括する意味システム

宗教は部分的な価値ではなく、「なぜ生まれ、なぜ生き、なぜ死ぬのか」という人間の根源的問いに包括的な答えを提供します。現代のブランドが提供する「ライフスタイル」とは比較にならない深度で、信者の世界観を形成します。創世神話から終末論まで、一貫したストーリーによって個人の人生に意味と方向性を与える。これは現代のブランディングが重視する「パーパス」や「ミッション」の原型です。


2. 強固なコミュニティ設計

信者は単なる顧客ではありません。共通の意味や価値観、行動規範を共有し、強い帰属意識を持つ共同体の一員です。日曜日の礼拝、金曜日の集団礼拝、お盆の帰省。これらはすべて、コミュニティとの定期的な接点を確保する精巧な仕組みです。現代のライフスタイルブランドやファンコミュニティが目指す理想形が、完成された形ですでに存在しています。


3. 体験の総合演出

宗教は五感を使った体験デザインの達人です。音楽(聖歌、念仏)、香り(お香、薫香)、視覚(ステンドグラス、仏像)、触覚(数珠、十字架)、味覚(聖餐、精進料理)。すべてが統合された体験を通じて、全身で意味を体感します。人生の重要な節目での儀式(洗礼、結婚式、葬儀)は、ブランドとの継続的な接点を作り、記憶に深く刻まれます。企業が顧客との接点を設計する際の究極の教科書がここにあります。

 

現代ブランドへの示唆

興味深いことに、アップルやパタゴニアなど現代の強力なブランドは、これらの要素を意識的・無意識的に取り入れています。

アップル
 スティーブ・ジョブズというカリスマ的指導者、年次発表会という「儀式」、アップルストアという「聖地」

パタゴニア
環境保護という「信念」、アウトドア愛好家という「信者」コミュニティ、ブランド価値への全人格的コミットメント

両社が提供するブランド体験は、人類が数千年かけて洗練してきた「究極のブランディング手法」の現代的な翻案のようにも見えます。

人間の根源的欲求への回帰

 

物質的豊かさのパラドックス
なぜ現代において、このような深いブランド体験が求められるようになったのでしょうか?現代社会は史上類を見ない物質的豊かさを実現しました。しかし同時に、うつ病、不安障害、虚無感などの「現代病」が蔓延しています。WHOによれば、全世界で約10億人以上がうつ病や不安障害を抱えていて、その有病率は特に高所得国や都市化が進んだ地域で高めに報告されています。
この矛盾は、自己実現や成長、つながりや帰属意識といった、幸せにつながる人間の最も深い欲求が満たされていないことを示しています。物質的な満足だけでは、人間は幸福になれないということです。

 

消費者行動の変化
この変化は消費者行動にも明確に現れています。

 

所有から体験へ
ミレニアル世代やZ世代は、物の所有よりも体験を重視します。これは単なる世代論ではなく、人間の根源的ニーズへの回帰を示しています。

 

個人から共同体へ
デジタルネイティブ世代は、SNSを通じて趣味や価値観で結ばれる共同体を求めています。これは孤立化の反動であり、人間の本質的な「帰属」への欲求の現れです。

 

快楽から価値の追求へ
「インスタ映え」から「持続可能性」へ、「短期的な刺激」から「長期的な価値」へ。消費者はより意味のある体験を求めるようになっています。

 

ブランドに求められる新しい役割

こういった消費者行動の変化を背景に、現代のブランドは、単なる商品・サービスの提供者を超えて、人々の根源的欲求に応える存在となることが求められています。それは、「意味の共創パートナー」として、顧客が自分の人生の意味を発見し、成長するプロセスを支援すること。そして、「帰属コミュニティの促進者」として、同じ価値観を持つ人々が出会い、つながる場を提供することです。


この変化を理解するために、心理学と哲学の巨人たちの洞察から学んでみたいと思います。ヴィクトール・フランクル、カール・ユング、アブラハム・マズロー、そしてケン・ウィルバー。彼らの理論が、真に意味のあるブランドを構築するための羅針盤となるはずです。

フランクルにおける「意味」の役割

強制収容所が教えてくれた人間の本質
ヴィクトール・フランクルは、ナチスの強制収容所という人類史上最も過酷な状況で、驚くべき発見をしました。同じ絶望的な環境にいながら、なぜある人は生き延び、ある人は諦めてしまうのか?その違いは体力でも運でもありませんでした。それは「生きる意味を見出せるかどうか」だったのです。
この体験から彼は、人間の最も基本的な動機を発見しました。フランクルによれば、「意味への意志」こそが、人間の最も基本的で普遍的な動機なのです。

ブランディングにおける致命的な誤解
一般的にマーケティングでは「ブランドが意味を提供する」と表現します。しかし、これはフランクルの洞察と真っ向から対立する誤解です。
フランクルは一貫して「意味は外部から注入されるものではなく、人間が自分自身の内なる知恵と体験を通じて発見するものである」と主張しました。つまり、ブランドの役割は意味を押し付けることではなく、顧客が自分自身の意味を発見できる機会や文脈を提供することだ、ということになります。


意味発見の促進者としてのブランド
優れたブランドは、3つの方法で顧客の意味発見を支援しています。

1. 価値観との共鳴空間の創造
顧客の内なる価値観や目的と共鳴する体験空間を提供します。押し付けるのではなく、既に存在する価値観を引き出し、明確化します。

2. 意味を見出せる環境の整備
個人にとっての意味の発見を可能にする環境を整備します。それは物理的な空間かもしれませんし、コミュニティかもしれません。重要なのは、個人が内省できる場を提供することです。

3. 成長パートナーとしての継続的支援
顧客の自発的な意味の発見と成長を、長期的なパートナーとして支援します。一度の取引ではなく、人生の旅路に寄り添う関係性を築きます。


実践例:意味発見を促進するブランド

ナイキ:「Just Do It」
ナイキは「挑戦とはこういうものだ」と定義を押し付けません。代わりに、個人が自分なりの挑戦の意味を見出せる場を提供しています。アマチュアランナーにとっての完走、プロアスリートにとっての記録更新、リハビリ患者にとっての回復。それぞれが「達成」「勝利」「克服」といった自分なりの挑戦の意味を発見しています。


AirBnB:「Belong Anywhere」
AirBnBは「旅行とはこういうものだ」と説教しません。代わりに、個人が自分なりの「所属感」や「つながり」の意味を発見できる場を提供しています。ビジネス旅行者にとっての効率的な宿泊、家族旅行者にとっての温かい体験、一人旅者にとっての地域との出会い。それぞれが自分なりの「居場所」や「体験」の意味を見出しています。

 

パーパス・ブランディングにおける意味

現代のパーパス・ブランディングは、フランクルの意味論と深く関連しています。消費者は企業に製品やサービスの機能を超えた「意味」を求め、ブランドの存在理由が購買動機となっています。さらに、企業の社会的使命が競争優位の源泉として機能する時代になっています。
ただし、この「パーパス」も企業が一方的に発信するものではありません。価値共創を通じて顧客と共に深めていくべきものです。そうでなければ、それは押し付けがましい説教になってしまいます。真のパーパス・ブランディングは、企業と顧客が共に意味を探求し、共に成長していく旅だといえます。

 

 

ユングとアーキタイプ:人類共通の心理的DNA

なぜ同じブランドストーリーに世界中の心が踊るのか?

この現象は、カール・ユングの「集合的無意識」と「アーキタイプ(元型)」という理論で説明できます。ユングによれば、人類は共通の心理的なテンプレートを持っており、特定のパターンに対して本能的に反応するとされています。ナイキの「挑戦者」、コカ・コーラの「幸福の創造者」、ディズニーの「魔法使い」といったブランドストーリーが世界中で愛されるのも、これらが人間の深層心理に刻まれた元型的なパターンと共鳴しているからと考えられます。


アーキタイプの本質:内なる可能性のテンプレート

多くのマーケティングの実務者は、アーキタイプを「ブランドの性格」として誤解しています。しかし、ユングの本来の理論では、アーキタイプは外部から植え付けられるものではありません。それは人間が生まれながらに持つ潜在的な可能性のテンプレートです。
優れたブランドは、このテンプレートと共鳴することで、顧客の内なる可能性を活性化します。アーキタイプを「押し付ける」のではなく、顧客の中に既に存在するアーキタイプを「呼び覚ます」のです。

 

個性化プロセスとブランド体験

ユングの最も重要な概念の一つが「個性化(individuation)」です。これは、個人が自分の中にある様々なアーキタイプを統合し、真の自己を実現していくプロセスです。現代の強力なブランドは、この個性化の触媒として機能しています。


段階1:共鳴による気づき

ブランドとの出会いが、顧客の内なるアーキタイプを刺激し、自分の中に眠っていた可能性に気づかせます。

 

段階2:実験による探求

ブランド体験を通じて、そのアーキタイプにおける自分の可能性を試し、探求します。


段階3:統合による成長

そのアーキタイプを自分の人格に組み込み、より完全な自己を目指して成長していきます。


3つの代表的アーキタイプのブランド活用

Hero(英雄):困難を克服する力
すべての人の中には、困難に立ち向かい、それを乗り越える英雄的な力が眠っています。アディダスはこの内なる「英雄」を活性化しています。「Impossible is Nothing」のスローガンで、顧客一人ひとりが持つ限界を超える力を信じ、プロサッカー選手も地域のアマチュア選手も、それぞれが自分なりの「不可能を可能にする瞬間」を体験できるよう支援しています。


Outlaw(反逆者):既成概念への挑戦 
すべての人の中には、既成概念に疑問を持ち、新しい道を切り開きたいという反逆者的な力が眠っています。アップルは、この内なる「反逆者」を活性化しています。「Think Different」のメッセージで、顧客一人ひとりが持つ既存のルールや常識に挑戦する力を信じ、プロのクリエイターも一般ユーザーも、アップル製品に既成概念に挑戦する自分を投影しています。


Caregiver(世話人):愛と奉仕の精神
人間には本質的に、他者を支え、ケアしたいという欲求があります。ジョンソン&ジョンソンは、この内なる「世話人」を家族愛と結びつけて活性化しています。製品を売るのではなく、顧客の中にある「大切な人を守りたい」という感情を呼び覚まし、それを実現する手段として製品を提供しています。

 

押し付けから共鳴へ:アーキタイプ活用の進化

従来のアプローチは、企業が特定のアーキタイプの体現者として自らを位置づけ、一方向的なメッセージ発信を行うものでした。「我々は○○な存在です」という自己主張を中心とした手法は、企業側の思惑でブランドイメージを押し付ける傾向がありました。

しかし、進化したアプローチでは、顧客の内なるアーキタイプとの共鳴ポイントを見つけることに焦点が移ります。双方向的な意味創造プロセスを重視し、「あなたの中の○○を一緒に発見しましょう」という支援の姿勢を中心に据えます。企業は自らを主張するのではなく、顧客が自分自身の内なる可能性に気づき、それを育てていくプロセスのパートナーとして機能するのです。

この根本的な姿勢の違いが、表面的なイメージ戦略としてのブランディングと、人間の根本欲求に根ざしたブランディングとを分けています。前者は企業の思惑による一時的な印象操作に過ぎませんが、後者は顧客の成長に寄り添う持続的な関係性を築きます。

 

マズロー:人間成長の階段とブランドの役割

 

階層を超えた動的な成長システムとしての欲求の理解
多くの人がマズローの理論を「ピラミッドの段階を順番に登る」という静的なモデルとして理解していますが、これは誤解です。マズロー自身が晩年に強調したのは、これらの欲求が同時に存在し、相互に影響し合う動的なシステムだということでした。優れたブランドは、この動的な性質を理解し、顧客の複数の欲求レベルに同時にアプローチします。

基盤として機能する低次欲求(生理・安全):信頼性、品質、安心感の提供
関係性を築く中次欲求(所属・承認):コミュニティ、アイデンティティ、社会的地位の支援
意味を創造する高次欲求(自己実現・超越):個人の可能性実現と、より大きな目的への貢献


欲求階層の実践例:スターバックスの進化
スターバックスは、マズローのこの考え方を見事に体現しています。

段階1:生理的・安全欲求への対応(1970年代〜)
シアトルで創業したスターバックスは、「美味しいコーヒー」という機能価値を提供する店からスタートしました。

段階2:所属・愛情欲求への展開(1990年代〜)
ハワード・シュルツがCEOになり、「第三の場所(Third Place)」というコンセプトで、家と職場以外の居場所を提供するようになります。つながり、所属感といった中次欲求に応えました。

段階3:承認欲求の充足(2000年代〜)
個人のアイデンティティ表現として、スターバックスに行くことやロゴの入ったカップを持ち歩くことが「私らしさ」を周囲に示すツールとして機能しました。

段階4:自己実現・超越欲求への進化(2010年代〜)
社会的責任への取り組み、公正取引、環境保護など、より大きな目的への参加機会を顧客に提供し、消費を超えた意味のある行動への参加を可能にしました。

このような進化を経て、スターバックスは現在、段階1から4まですべての階層で顧客の欲求を満たしています。

 

成長パートナーとしてのブランド体験デザイン

マズローの洞察に基づくと、顧客の成長段階に沿った階層的なブランド体験デザインがポイントになります。


入口設計(低次欲求対応)
機能的価値の確実な提供と、安心感・信頼関係の構築が基盤となります。ここで失敗すると、高次の関係性は築けません。


発展設計(中次欲求対応)
つながりや所属感の提供と、他者からの承認・認知の機会を創出します。SNS時代においては、この段階の設計が特に重要になっています。


深化設計(高次欲求対応)
個人の可能性実現を支援し、より大きな目的への参加機会を提供します。これが現代のパーパス・ブランディングの本質です。

この3つの階層がカバーできると、ブランドは単なる製品・サービスの提供者ではなく、顧客の成長段階に沿って共に成長していくパートナーとしての役割を担うことができるようになります。

 

ウィルバー:統合的視点による全体設計

断片化された現代ブランディングの限界

ケン・ウィルバーの4象限モデルは、ブランディングの包括的なフレームワークを提供します。4象限モデルを使ってブランディングを俯瞰すると、ブランドの諸側面が断片的に扱われ、全体的な整合性が失われていることに気づきます。

 

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出所:『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』(日本能率協会マネジメントセンター)を元に筆者が作成

 

 

I象限: 個人の内面体験
フランクルの「意味への意志」とマズローの「人間成長」がここに位置します。ブランドに対する個人的な意味づけ、価値観との共鳴、自己アイデンティティの発見の発見を通じて個人の成長を支援することが焦点となります。
 
 
It象限:具体的な体験要素
ロゴ、パッケージデザイン、店舗環境、ウェブサイト、製品など、顧客が直接体験するタッチポイントです。この象限は従来のブランディングが重視してきた領域ですが、他の象限との整合性なしには人間の成長を支援する力を発揮できません。
 
 
We象限:共有される世界観
共通の価値観や文化的な意味が形成される領域です。ブランドを通じて人々が共有する物語や価値観、コミュニティとしてのアイデンティティが育まれます。
 
 
Its象限:ブランドを支えるシステム
ブランドのエコシステムを支える仕組みです。デザインシステム、統合的コミュニケーション、デジタルプラットフォーム間の連携、サプライチェーン、ビジネスモデルなど、社会が持続的に成長する仕組みを構築します。
 
 
 

I象限とWe象限を橋渡しする集合的無意識 

ユングの集合的無意識とアーキタイプは、この4象限モデルにおいて特別な位置を占めています。アーキタイプは個人の内面(I象限)に存在する普遍的なパターンでありながら、同時に人類共通の心理的テンプレート(We象限)として機能します。

つまり、ユングのアーキタイプはI象限とWe象限を橋渡しする役割を果たしています。個人が自分の内なるアーキタイプと出会う体験(I象限)が、同時に人類共通の物語や価値観との共鳴(We象限)を生み出します。優れたブランドは、この橋渡し機能を活用することで、個人的でありながら普遍的な意味を創造しています。

例えば、ナイキの「英雄」のアーキタイプは、個人の内なる挑戦者としての自己発見(I象限)を促しながら、同時に「困難を乗り越える人々」という共通のアイデンティティ(We象限)を醸成します。この二重の機能により、個人的な成長と集合的な共鳴が同時に実現されます。

 

 

アップルの統合的ブランド戦略

アップルは4象限すべてで一貫した価値を提供することで、世界で最も価値あるブランドとなりました。

 

I象限
「Think Different」のメッセージを通じて、個人の創造性と自己表現を支援。顧客が「私はクリエイティブな人間だ」というアイデンティティを発見し、深める機会を提供しています。
 
 
It象限
洗練されたデザイン、直感的なインターフェース、細部まで計算された触感・視覚体験・音響設計を通じて、「アップル製品を使っている自分はクリエイティブだ」と感じさせる製品体験を提供しています。
 
 
We象限
クリエイターコミュニティを育成し、「美と革新を追求する人々」という共通アイデンティティを醸成。アップル製品を使う人々を、単なる消費者ではなく、共通の価値観を持つコミュニティの一員としてつないでいます。
 
 
Its象限
ハードウェア、ソフトウェア、サービス、小売店舗を統合したエコシステム全体を設計。すべての接点で一貫した体験を提供する包括的なシステムを構築しています。
 
 

 

統合的ブランド評価の4つの指標

ウィルバーのインテグラル理論に基づくと、ブランドの強さは4つの軸で評価できます。

1.深度(Depth)
どの発達段階まで対応しているか。価格や機能的価値から自己超越的価値まで提供できているか。

2.幅(Breadth)
4象限すべてを包括的にカバーしているか。一つの象限に偏らず、バランスの取れた価値提供ができているか。

3.整合性(Coherence)
各象限間で一貫した価値を提供できているか。内面的価値と外面的表現が一致しているか。

4.適応性(Adaptability)
変化する社会環境や顧客の成長に柔軟に対応できるか。固定化せず、共に進化し続けられるか。
 
 
 

意味の共創と人間の成長に焦点を当てたブランディング

相互補完する4つの視点

フランクル、ユング、マズロー、ウィルバーは、それぞれ人間の成長に関する理解の異なる側面を照らし出しています。これらの視点を組み込むことで、より深いブランド体験をデザインすることができます。
 
・フランクル:成長の動機(意味の発見)
・ユング:成長の元型的パターン(普遍的な意味の共鳴ポイント)
・マズロー:成長の方向性(階層的な体験デザイン)
・ウィルバー: 成長の統合(統合的なブランド体験システム)

 

パタゴニアにおける4つの視点の統合

パタゴニアは、この4つの視点を見事に統合したブランドの典型例です。

 

フランクルの視点
顧客が環境保護における自分なりの意味と使命を発見できる機会を提供しています。製品購入を通じて、個人が環境問題に向き合い、自分なりの責任と行動を見出すプロセスを支援しています。

ユングの視点
Explorer(探検家)とSage(賢者)のアーキタイプを活用し、自然との関係における自己発見を促進しています。冒険への憧れと環境への深い理解という、人間の根源的欲求に働きかけています。

マズローの視点
登山用品という機能価値から自己超越(環境保護活動への参加)までの階層をカバーしたブランド体験をデザインしています。

ウィルバーの視点
I象限では個人の環境意識の覚醒、It象限では高品質で持続可能な製品、We象限では環境活動家のコミュニティ、Its象限では1% for the Planetなどの社会システム構築を実現しています。この統合により、パタゴニアは単なるアウトドアブランドを超えて、顧客の人生に深い意味をもたらす存在となっています。

 

未来のブランディング

現代のブランディングは転換点を迎えています。従来のアプローチは表層的なイメージ形成に重点を置き、企業から消費者への一方向発信、短期的売上、競合との差別化競争を特徴としていました。新しいアプローチでは、人間の根源的ニーズの深い理解から始まり、企業と顧客の双方向的な意味創造、長期的関係性の構築、そして共通価値観による協調と社会貢献を重視します。
この変化に伴い、ブランドの成功を測る指標も変化していくはずです。従来のブランド認知度、ブランドイメージ、ブランドロイヤルティといった指標だけでは、ブランドの真の価値を捉えることができません。未来のブランディングでは、以下のように、より本質的で長期的な指標が重要になっていくでしょう。
 
・意味発見の促進度:ブランドが顧客の人生にどれだけ深い意味をもたらしているか
・自己実現支援の有効性:個人の成長にどれだけ寄与しているか
・コミュニティの自発性:ファンが自発的に価値を創造・拡散する度合い
・社会的インパクトの深度:より良い社会の実現にどれだけ貢献しているか
・長期的人間成長への貢献度:人々の人生を長期的に豊かにしているか

 

おわりに

これからの顧客が求めるブランドは、何かを「与える」存在ではありません。顧客が自分自身の可能性を発見し、成長していくプロセスを共に歩むパートナーです。

人間は本質的に、自己実現や成長、つながりを求める存在です。宗教が2000年以上もの間人々に影響を与え続けてきたように、アップルファンが新製品を待ち焦がれ、パタゴニアの環境活動に顧客が参加するのも、根底には同じ人間の本質的な欲求があります。技術がどれほど進歩しても、この根源的な渇望が消えることはありません。ブランディングは、単なるマーケティング手法を超えて、この永遠の人間的欲求に向き合い、共に探求していく旅のようなものです。

あなたのブランドは、顧客が内なる意味を発見し、成長する旅を、どのように支援していますか?

 


 
参考文献
A.H.マスロー(1973)『人間性の最高価値』上田吉一 訳 誠信書房 
C.G.ユング(1999)『元型論〈増補改訂版〉』林道義 訳 紀伊國屋書店
ケン・ウィルバー(2019)『インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル』加藤洋平・門林奨 訳 日本能率協会マネジメントセンター
マーガレット・マーク、 キャロル・S・ピアソン(2020)『ブランド・アーキタイプ戦略 THE HERO AND THE OUTLAW 驚異的価値を生み出す心理学的アプローチ』千葉 敏生 訳 実務教育出版
ヴィクトール・E. フランクル(2002)『意味への意志』山田邦男 訳 春秋社
WHO:Over a billion people living with mental health conditions – services require urgent scale-u
 

Written by Hideaki Shirane