第2回  顧客は「感情の記憶」を通じて企業との関係を育てる

あるマーケティング会議でのやりとり。

広告キャンペーンの成果を報告した担当者に、上司が尋ねます。

「クリック率もコンバージョンも良かった。一方で、なぜ最近、解約が増えているんだろう?」

担当者は、答えに詰まりました。担当者の中で、広告による成果と顧客との関係がつながっていなかったからです。

この「つながっていない」が、前回見た悪循環の正体です。では、顧客との関係は、実際にどこで、どのように育っているのでしょうか。今回は、顧客の中で起きていることを見ていきます。

 

顧客は「感情の記憶」を積み重ねている

顧客は、広告を見た体験、商品を使った体験、問い合わせをした体験を、それぞれ独立した出来事として記憶しているわけではありません。一つひとつの体験を通じて感じたことが積み重なり、「この企業とは、こういう関係だ」という認識が、少しずつ形成されていきます。

ここで重要なのが、「感情の記憶」です。

私たちは、企業とのすべての出来事を詳細に記憶しているわけではありません。しかし、「期待していたより、ずっと親切だった」「困っていたときに助けてもらった」「広告で感じた印象と、実際の体験が全然違った」といった感情を伴う体験は、企業に対する印象として残っていきます。

こうした感情を伴う記憶が積み重なることで、顧客の中に、「この会社は、自分にとってこういう存在だ」という感覚が形成されていきます。これが、この連載でいう「感情の記憶」です。

 

感情の記憶は、一度できたら終わりではない

感情の記憶は、固定されたものではありません。新しい体験によって、常に更新されていきます。次のような循環です。

顧客は、まず何を実現したいのか(ゴール)を自覚し、過去の感情の記憶をもとに、次に企業と接するときの期待をつくります。その期待をもとに、顧客は実際に体験し、結果を得ます。そこで生まれた感情が、また新しい感情の記憶として蓄積されます。このサイクルが繰り返されることで、顧客と企業との関係は、少しずつ深まったり、逆に離れていったりします。

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例えば、問い合わせをして「とても丁寧に対応してくれた」という記憶が残ったとします。次に困ったことが起きたとき、「この会社なら相談しても大丈夫だろう」という期待が生まれます。そして、実際に期待どおりの対応を受ければ、信頼はさらに強くなります。

逆に、問い合わせをして「たらい回しにされた」という記憶が残れば、次に問題が起きたときには、「どうせ今回も面倒なことになるだろう」と予想します。

同じ問い合わせという接点でも、過去の記憶によって、その人の期待は変わるのです。

 

CXの結果が、ブランドになる

ここで、基本的な考え方を確認しておきたいと思います。ブランドは、企業が一方的につくって顧客に渡すものではありません。企業は、ブランドコンセプトを定め、ロゴやデザインをつくり、広告でメッセージを発信することができます。しかし、それだけでブランドが完成するわけではありません。

顧客が広告を見たとき、SNSの口コミやレビューを読んだとき、商品を選んだとき、商品を使ったとき、問い合わせをしたとき、担当者からメールを受け取ったとき。その一つひとつの体験を通じて、顧客の中に企業に対する認識や感情が形成されていきます。

ブランドとは、企業が発信したものと、顧客が実際に体験したことが重なりながら、顧客の中に形成されていくものです。その中心にあるのが、体験を通じて積み重なった「感情の記憶」です。だから、CXの結果が、ブランドになる、ということができます。

 

マーケティング施策そのものが、CXの一部である

ここから、マーケターにとって重要な視点が導かれます。広告キャンペーンも、CRMのメールも、SNSの投稿も、顧客にとってはすべて「体験」だということです。

企業の中には「ブランディングはマーケティングの仕事、CXはカスタマーサポートやオペレーションの仕事」という区分が存在します。しかし、顧客の中では、そのような区分はありません。広告で見た約束も、Webサイトで感じた印象も、購入時の体験も、購入後のサポート対応も、顧客の中では一つの企業との体験として積み重なっていきます。

マーケティング施策を「その場のコンバージョンを生むための独立した打ち手」としてだけ設計するのか、「顧客の感情の記憶に働きかける、CXの一部」としても設計するのか。同じ予算、同じ工数をかけた施策でも、顧客の中に蓄積されるものは大きく変わってきます。

 

実務でどう使うか ― 施策に一つの問いを加える

次のキャンペーンやCRM施策を考えるとき、一つ問いを加えてみてください。

「この施策は、顧客の感情の記憶に何を残すだろうか?」

例えば広告なら、コンバージョン率だけではなく、「この広告を見た顧客は、何を感じるだろうか?」と考えてみる。CRMなら、「このメールのトーンから、顧客はどんな印象を持つだろうか?」と考えてみる。カスタマーサポートなら、「問い合わせを解決することで、顧客はどんな気持ちになるだろうか?」と考えてみる。

この問いを一つ加えるだけで、「その場の成果」だけを追求する施策から、「顧客との関係を育てること」を意識した施策に変わり始めます。

 

次回への問い

顧客の中に、どのような「感情の記憶」を残したいのか。そこが曖昧なまま施策を重ねれば、広告では「未来的」、営業では「親身」、サポートでは「堅実」というように、それぞれは良い印象でも、一つの記憶として結びつきません。顧客の中に「この会社は、どういう会社なのか?」という違和感だけが残ってしまうかもしれません。

一貫したCXをデザインするためには、まず、「顧客にどんな感情の記憶を残したいのか」を明確にする必要があります。

次回は、その「残したい感情の記憶」を言語化する、エモーショナルモチーフについて解説します。

Hideaki Shirane

Hideaki Shirane

株式会社mct CEO / ストラテジスト

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