同じ機能、同じ価格の商品を扱う二つのオンラインストア。
商品スペックも、購入特典も、ほとんど変わらない。それなのに、一方は「いい買い物をしている」と感じ、もう一方は、しっくりこない。理由を聞かれても説明できない。この違いは、決して気のせいではありません。顧客は、一つの接点からさまざまな情報を無意識に受け取り、「ちゃんとしている」「なんとなくよさそうだ」「ここは自分に合っている」と判断しています。今回は、この「手がかり(clue)」について掘り下げます。
「手がかり」を通してゴールに近づいていく
顧客は、ゴールに近づくための選択肢を、「手がかり」を通じて見極めています。
例えば、「いい買い物をしている」という感覚が生まれるとき、顧客は必ずしも「この会社はいい買い物体験を提供している」と言語化しているわけではありません。商品情報が分かりやすい。写真がきれい。サイトが使いやすい。配送予定日が明確。そうした一つひとつの情報や印象が、顧客の中で手がかりとなり、「いい買い物をしている」感覚につながっています。
手がかりには3つの種類がある
ルイス・カーボーンは、手がかりを大きく3つに分類しています[注1]。
|
種類 |
特徴 |
具体例 |
|
機能的手がかり(Functional Clues) |
製品・サービスの有能さや信頼性を伝える |
商品情報の正確さ、分かりやすさ、問い合わせへの的確な回答 |
|
環境的手がかり(Mechanic Clues) |
人以外の環境や、商品そのものが発する印象 |
Webサイトのデザイン、画像の質、表示速度、店舗の内装、パッケージの質感 |
|
人的手がかり(Humanic Clues) |
人の振る舞いが伝える印象 |
スタッフの顔の表情、声のトーン、言葉遣い、メール文面の温かみ |
機能的手がかりは、「この製品・サービスは、ちゃんと機能するか」を判断する材料になります。必要な情報が揃っているか、価格は明確か、問い合わせに的確に答えてくれるか。こうした手がかりは、「この会社はちゃんとしている」という認知的な評価を支えます。
一方、環境的手がかりや人的手がかりは、顧客が意識的に理解するというより、「なんとなくそう感じる」という印象を生みます。サイトの余白、写真の質感、スタッフの声、メールの温度感。こうした要素から、「洗練されている」「親しみやすい」「冷たい」「信頼できそう」といった意味を顧客は無意識に読み取っています。
つまり、機能的手がかりが「ちゃんとしている」という信頼の土台をつくり、環境的・人的手がかりが、そこに感情的な意味を加えていきます。これらが組み合わさって、一つの顧客体験がつくられます。
マーケターの「4つの実務領域」における手がかり
マーケターが実務で実際に扱っているのは、コンテンツをつくったり、コピーのトーンを決めたり、Webサイトをデザインしたり、返信時間を管理したりする仕事です。そこで、手がかりを生み出している実務領域を4つに整理してみます。
|
実務領域 |
主に生み出す手がかり |
具体例 |
|
コンテンツ |
主に機能的手がかり |
商品説明、比較情報、FAQ、メールの内容 |
|
トーン・マナー |
主に人的手がかり |
コピーやメールの言葉遣い、チャットボットの口調 |
|
ビジュアル・UI |
主に環境的手がかり |
配色、写真、動画、レイアウト、ナビゲーション |
|
スピード・レスポンス |
機能的・環境的・人的手がかり |
表示速度、返信時間、配送リードタイム |
重要なのは、「どの手がかりに分類されるか」ではなく、自分たちが日々行っている仕事が、顧客にどんな手がかりを与えているのかを見ることです。例えば、「返信を24時間以内にする」というルールは、単なる業務効率の話ではありません。顧客から見れば、「この会社は自分を待たせない」「ちゃんと見てもらえている」という手がかりになる可能性があります。逆に、返信まで何日もかかれば、それ自体が「この会社は顧客を大切にしていない」という手がかりになってしまうかもしれません。
「待ち時間」も手がかりになる
スピードは、マーケティング施策では見落とされやすい手がかりです。待ち時間の長さだけでなく、「何をして待っているのか」「待ち時間の見通しがあるか」といった条件によって、同じ時間でも人の感じ方が変わります。
例えば、問い合わせを送った後、「お問い合わせを受け付けました。24時間以内に回答します」と表示されるのと、何も表示されないのとでは、同じ24時間でも顧客の受け止め方は変わります。配送でも同じです。「本日発送します」と明示されているのか、「発送準備中」とだけ表示されるのか。時間は単なるオペレーションではありません。時間の設計そのものが、顧客にとっての手がかりになります。
ビジュアルは、要素ごとに点検する
4つの実務領域の中でも、ビジュアル・UIは特に多くの要素から構成されています。優れたグラフィックデザイナーは、これらの要素を経験的に統合し、優れた全体をつくり上げることができます。ただし、その判断の多くは言語化されているわけではありません。「なぜこの配色がいいのか」を、デザイナー自身がうまく説明できないことも珍しくありません。
だから、マーケターがデザイナーに「このデザインはブランドらしいか」と聞いても、議論は抽象的になりがちです。そこで、ビジュアルを要素に分解し、それぞれがどんな手がかりを発しているかを、3つの問いで点検します。
認知(簡単にわかるか)、連想(何を連想するか)、印象(どんな気分になるか)。これは、ブランド研究者ケビン・レーン・ケラーの顧客ベース・ブランド・エクイティの考え方とも重なる部分があります[注2]。
|
ビジュアル要素 |
認知 簡単にわかるか |
連想 何を連想するか |
印象 どんな気分になるか |
|
ロゴ・ブランドマーク |
|
|
|
|
カラー・タイポグラフィー |
|
|
|
|
アイコン・ボタン・記号 |
|
|
|
|
写真・イラスト・動画 |
|
|
|
|
背景・模様・装飾・余白 |
|
|
|
ケラーのモデルでは、ブランドはまず「認知」によって顧客の記憶に存在し、そこに「連想」が結びつくことでブランドの意味がつくられ、その意味に対する「印象」という感情的な反応が積み重なることで、最終的に顧客とブランドの関係性が築かれていくとされています。ここでの3つの問いは、その一つひとつの手がかりが、顧客の記憶の中でどう受け止められているかを点検する作業です。
この3つの問いは、それぞれ独立してチェックするものではありません。認知がなければ連想は生まれず、連想が変われば、そこから生まれる印象も変わります。認知→連想→印象は、一つの流れとしてつながっています。
例えば、あるオンラインストアが「大切にされている」「つながった」「ガイドされた」という3つのエモーショナルモチーフを掲げているとします。そのとき、Webサイトの写真を見た顧客が「無視されている」「距離を感じる」「混乱する」と感じたなら、それは写真の出来映えだけの問題とは限りません。そもそも、何が、どのように伝わったのか(認知)、そこから何を連想したのか(連想)まで遡って点検する必要があります。
これはまだ「ブランド全体への感情」を測っているわけではありません。点検しているのは、一つの手がかりに触れたとき、どんな第一印象が生まれるかです。こうした個々の手がかりが積み重なり、次回扱う「評価」のプロセスを経て、顧客の感情が形づくられていきます。
実務でどう使うか ― 「手がかり監査」をしてみる
実際にあなたが担当しているマーケティング施策を一つ選んでみましょう。Webサイトでも、メールでも、広告でも構いません。まず、その接点は顧客のどのジャーニーにあたるのかを確認します。第4回で見た、そのジャーニーのエンドゴールとエモーショナルゴールを書き出しておきます。
そのうえで、次の4つを点検します。
最後に、エモーショナルモチーフと照らし合わせて、4つの領域を全体として見てみます。個々に点検した要素が、それぞれ別の方向を向いていないでしょうか。
この点検により、クリック率は高かったか、CVRは改善したかだけではなく、顧客の中にどんな手がかりを残したか、という視点が加わります。
AIによって、コピーや画像をつくること自体は、ますます簡単になっています。これから重要になるのは「何をつくるか」だけではなく、つくったものが顧客にどんな意味として受け取られるかを設計することです。CXデザインは、新しい仕事を増やすことではありません。マーケターがすでに扱っている仕事を、「顧客にどんな手がかりを与えているのか」という視点から見直すことです。
次回への問い
顧客は、こうした手がかりを一つひとつ受け取りながら、「これは自分に合っていそうだ」「ここなら大丈夫そうだ」「なんとなく好きだ」といった判断をしています。では、顧客は手がかりを、どのように「評価」しているのでしょうか。そして、その評価は、どうやって「感情」へと変わっていくのでしょうか。
次回は、「手がかり → 評価 → 感情」というプロセスを掘り下げます。
