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【第8回】「わかる」「理解する」の深層構造:認知から創造まで

Written by Hideaki Shirane

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私たちは日々「わかった!」という瞬間を体験します。しかし、この「理解する」という極めて人間的な現象は、一体どのような仕組みで起こっているのでしょうか。「理解する」ことの背後には、無意識の直感から社会的共感まで、さまざまな要素が絡み合っています。人間の理解の構造を「時間」「認知」「社会」「外化」の4つの次元から追体験してみましょう。

 

第一次元:時間性

「理解は一瞬で起こるものなのか?それとも、時間をかけて育つものなのか?」
 

一瞬でわかる

スマートフォン売り場で、数多くの機種が並ぶ中を歩くあなた。そして、ある一台を目にした瞬間「これだ!」と感じる。スペックも価格も確認する前に、直感的に「自分が欲しいのはこれ」とわかってしまう。
 

時間をかけて育つ

そのスマートフォンを1年間使い続けたあなた。使い方がわからなかった機能も、今では簡単に使いこなせる。アプリの組み合わせ方や、効率的な使い方も身についている。時間をかけて、深い理解が育っていく。

理解には、瞬間的なものと時間をかけて発達するものという時間的な広がりがあります。理解は瞬間に生まれることもあれば、反復や熟成を通じて徐々に形成されることもあります。
 

瞬間的理解:システム1と第一感

ダニエル・カーネマンのシステム1は、自動的で直感的な認知システムです。このシステムは、パターン認識や連想によって即座に結論に達します。私たちが一瞬で状況を把握し、良し悪しを理解するのは、この瞬間的理解の力です。
セス・ゴーディンが論じた「第一感」も、この瞬間的理解の重要な側面を捉えています。商品やサービスに対する最初の数秒での判断が、その後の関係性を決定することは、瞬間的理解が長期的な価値認識の基盤となることを示しています。

発達的理解:段階的な進化

カーネマンのシステム2は、意識的で論理的な思考システムです。時間をかけて段階的に問題を分析し、ルールに従って推論を重ねることで理解に到達します。数学の証明や複雑な意思決定など、じっくりと考える必要がある理解は、このシステム2の働きによるものです。
ジャン・ピアジェの認知発達理論も、段階的な理解の発達を示しています。最初は「1、2、3」と数字を音で覚えるだけの子供が、やがて実際の量と結びつき、足し算や引き算の概念を獲得し、最終的には代数や微積分の理解に至ります。

  

時間次元の統合:理解の循環的発達

カーネマンは、瞬間的なシステム1と熟考的なシステム2が協働することで理解が深化することを示しました。最初はシステム2で意識的に学習したことが、経験を積むことでシステム1の直感として内化され、より高度な瞬間的判断が可能になります。ヴォルフガング・ケーラーの洞察学習は、問題解決において段階的な試行錯誤が突然の「ひらめき」につながることを示し、ミッチェル・レズニックの創造的螺旋は、継続的な学習プロセスの中で瞬間的な「わかった!」体験が重要な役割を果たすことを明らかにしました。いずれも、瞬間的な理解と時間をかけた発達が相互に支え合う循環構造を示しています。熟達者が一瞬で的確な判断を下せるのは、この循環の成果です。
 

第二次元:認知性

「理解は意識して起こすものか?それとも無意識に起こるのか?」

意識して起こす

数学の問題を前に、あなたは集中して考える。「まず、この公式を使って...次に、この部分を計算して...」ステップを意識的に追いながら、論理的に答えにたどり着く。
 

無意識に起こる

自転車に乗るあなた。乗り方はわかっているが、言葉で説明することはできない。風の強さ、路面の傾き、体重の移動...無意識のうちに調整して、スムーズに走り続けている。

理解には、意識的にコントロールできるものと無意識的に起こるものという認知制御の違いがあります。理解は直感や感情によって無意識的に生じたり、体験を通じて身体的に獲得することもあります。
 
 

意識的理解:メタ認知とシステム2

ジョン・H・フラベルのメタ認知理論は、「理解していることを理解する」意識的な監視と調整の重要性を明らかにしました。これはカーネマンのシステム2と連動し、自分の理解状態を客観視し、学習戦略を調整する能力です。
 
 

無意識的理解:暗黙知と感情による判断 

マイケル・ポランニーは「私たちは知っている以上のことを知っている」と述べ、言語化できない暗黙知の重要性を明らかにしました。ジェラルド・ザルトマンは、暗黙知的な認知過程が、私たちの多くの理解や判断の基盤となっていることを示しました。そのメカニズムとして、アントニオ・ダマジオは、理解や判断に感情(身体反応)が不可欠であることを神経科学的に実証しました。
 

認知次元の統合:意識と無意識の橋渡し

カール・ロジャーズは、「なんとなく違和感がある」「腑に落ちる感じがする」といった身体的感覚が、意識的な理解の出発点となることを示しました。彼は無意識の感覚を表出させる過程で、メタファーが重要な役割を果たすことを指摘し、臨床現場でも積極的にメタファーを活用しました。ジョージ・レイコフは、このメタファーが単なる表現技法にとどまらず、抽象的な概念理解そのものを支える認知構造であることを明らかにしています。たとえば、「温かい人」「冷たい態度」といった身体的感覚に基づくメタファーが、複雑な心理的・社会的意味の理解を可能にしています。
 
 

第三次元:社会性

「理解は個人の頭の中で起こるものか?それとも、他者との相互作用で生まれるものなのか?」

個人の頭の中で起こる

深夜、一人で本を読むあなた。著者の言葉と静かに向き合い、自分なりの解釈を重ねていく。外からの干渉はなく、純粋に自分の思考だけで理解を深めている。
 

 他者との相互作用で生まれる

友人たちとの議論の中で、突然「そういうことか!」と気づくあなた。一人では思いつかなかった視点が、他の人の言葉によって開かれる。笑い声や驚きの表情が飛び交う中で、新しい理解が生まれている。

理解には、個人の内面で完結するものと他者や社会との相互作用で生まれるものという社会的な広がりがあります。他者との対話、共感、文化的背景などが、私たちの理解に影響を与えています。

個人的理解:内的な構築

ピアジェの構成主義が示すように、私たちは外から与えられた情報をそのまま受け取るのではなく、自分の既存の知識や経験と照らし合わせながら、頭の中で能動的に理解を組み立てています。同じ本を読んでも人によって理解が違うのは、それぞれが自分なりの意味を構築しているからです。

 

社会的理解:模倣と文化による理解

ジャコモ・リゾラッティが発見したミラーニューロンは、他者の行動を見るだけで自分の脳の同じ部分が活性化することを示しました。私たちは「見て学ぶ」「真似して覚える」生き物です。また、異なる文化では異なるメタファーを使うため、同じ現象でも理解の仕方が根本的に変わります。理解は社会的・文化的な産物でもあります。
 

社会次元の統合:個人と集団の知識循環

野中郁次郎のSECIモデルは、個人の理解と集団の理解がどのように循環するかを明らかにしました。個人の「勘」や「コツ」(暗黙知)をチームで共有し、それをマニュアルやルール(形式知)として整理し、さらにそれを個人が実践で身につけていく—この循環によって、個人も組織も共に成長していきます。理解は一人の頭の中に留まるのではなく、人と人の間を行き来しながら深まっていくのです。

 

第四次元:外化性

「理解とは、頭の中にあるだけで成立するのか?それとも、表現されて初めて真の理解となるのか?」

頭の中にあるだけで成立する

「愛とは、相手の幸福を自分の幸福よりも優先すること」という定義を読んだあなた。頭の中で言葉を組み立て、愛という概念を整理していく。頭の中で理解が深まっていく。
 

外に出して初めて真の理解となる

雨の日、傘を忘れた恋人にそっと自分の傘を差し出すあなた。その瞬間の温かい気持ち、恋人の安堵した表情、共に歩く足音...体全体で「愛」を実感している。行動として表現することで、理解が深まっている。

理解には、内的な思考で完結するものと、外的な表現を通じて深化するものという違いがあります。話す、書く、作る、演じるなど、アウトプットとしての表現行為は、理解の証であり深化の手段でもあります。

内的理解:思考による理解

私たちは「愛」「正義」「効率性」といった抽象的な概念を、頭の中だけで理解し操作することができます。数学の証明を紙の上で展開したり、哲学的な議論を論理的に組み立てたりするのも、この内的な思考による理解です。

外化による理解:作ることで学ぶ

レズニックの「Learning by Making(作ることで学ぶ)」は、実際に何かを作り出す過程で理解が深まることを示しました。プログラミングで何かを作る時、設計図を描く時、説明を人に伝える時—表現行為そのものが理解を生み出し、深化させます。

内外の統合:思考と体験の循環

デビッド・コルブの経験学習は、具体的体験→省察的観察→抽象的概念化→能動的実験という循環を通じて理解が発達することを示しました。理解は頭の中だけで完結するものではなく、表現し、実践し、再び考えるという動的なプロセスを通じて発達します。

 

理解の循環構造:四つの次元の動的相互作用

これら四つの次元は独立しているのではなく、動的に相互作用しています。
 
 

小さな循環:個人の理解発達

洞察的な「わかった!」体験(瞬間的)が積み重なることで、認知構造の発達(発達的)が促進されます。ゴーディンの「第一感」による瞬間的判断が、長期的なブランドロイヤルティや理解の深化につながるのもこの循環の一例です。レズニックの創造的螺旋は、この小さな循環の典型例です。

中くらいの循環:集団の知識創造

個人的な理解体験が共有され、集合知として蓄積されます。そして、その知識が再び個人の理解に影響を与えるという循環が生まれます。リゾラッティのミラーニューロン研究は、この循環の神経学的基盤を明らかにしています。他者の行動や理解を観察することで、自分の神経回路が活性化し、理解が個人から個人へと伝播していきます。SECIスパイラルは、理解が個人と社会を行き来しながら循環することを示しています。

大きな循環:理解のコンテクスト形成

レイコフが示したように、私たちの理解は、常に社会的・文化的なコンテクストの中で起こります。同じ情報でも、その人の文化的背景、社会的立場、共有している価値観によって理解の仕方が変わります。優れたデザインは、多様なユーザーが自分なりのコンテクストで理解できるよう、適切な文脈を提供し、文化的な橋渡しの役割を果たします。また、製品やサービス自体が新しいコンテクストを創り出し、社会の共通理解を形成していくのです。

理解(図)

「理解体験デザイン/測定」チェックリスト

理解の深層構造を踏まえることで、ユーザーが直感的に理解し、継続的に成長できる体験をデザインしやすくなります。以下のチェックリストを活用して、「わかりやすさ」を競争優位の源泉として企画に組み込んでみてください
 
 

四次元での理解体験デザイン

時間軸

◻︎ファーストインプレッションで直感的理解を実現する
◻︎説明不要で直感的に操作できるようにする
◻︎オンボーディングからマスタリーまでの成長ストーリーにする
◻︎継続的な「気づき」と「発見」を生む仕組みを組み込む

認知軸

◻︎無意識的判断を考慮した体験を設計する
◻︎ユーザーの予想を良い意味で裏切る「驚き」を組み込む
◻︎感情的・直感的理解を論理的説明よりも優先する
◻︎複雑な情報をメタファーを使って理解できるようにする
◻︎ユーザーが自分の理解度を把握できるメタ認知を支援する
 

社会軸

◻︎個人の学習成果が他のユーザーの価値になる仕組みを組み込む
◻︎ユーザー同士の教え合いがエンゲージメントを高めるようにする
◻︎ 多様なユーザー同士がやりとりできる場を創出する 
◻︎ 「教える側」「学ぶ側」の役割流動性を促進する 
◻︎ ユーザー同士の相互評価・フィードバック機能を設計する
 

外化軸

◻︎ 理解した内容を実際に使える・試せる機会を提供する 
◻︎ 学んだことを他者に教える・共有する仕組みを組み込む 
◻︎模写など、頭ではなく手を動かして理解する体験を設計する 
◻︎ アウトプットすることで理解が深まるフィードバックループを構築する
 
 
 

理解体験の循環デザイン

小さな循環

◻︎日々の小さな成功体験を積み重ねる循環にする
◻︎マイクロインタラクションで持続的な満足感を提供する
◻︎継続利用による習熟感の向上を価値にする
◻︎毎回の利用で新しい発見が得られるようにする
 

中くらいの循環

◻︎個人の成長が組織・コミュニティの価値を高める循環にする
◻︎組織・コミュニティ内での共通理解が自然に形成される仕組みを設計する
◻︎組織・コミュニティの知識蓄積が差別化要因になるようにする
◻︎ユーザー生成コンテンツが新規ユーザーの理解を支援するようにする
 

大きな循環

◻︎多様な文化的背景を持つユーザーが理解できるようにする
◻︎ユーザーの現状の理解の枠組みを踏まえた設計をする
◻︎メタファーを使って新しい理解の枠組みを提供する
 
 

理解体験の測定

瞬間的理解指標

◻︎初回利用での理解度を測定する指標を設定する
◻︎直感的操作の成功率を追跡する仕組みを検討する
◻︎認知負荷の軽減効果を測定する指標を設定する
 

長期的成長指標

◻︎ユーザーの習熟度向上を追跡する指標を設定する
◻︎継続利用による価値実感の変化を測定する仕組みを検討する
◻︎学習効果の持続性を評価する指標を検討する
 

コミュニティ価値指標

◻︎知識共有の活発度を測定する指標を設定する
◻︎ユーザー間の教え合い効果を定量化する方法を検討する
◻︎社会的学習による定着率向上を追跡する指標を設定する
 

システム健全性の評価指標

◻︎異なる理解スタイルのユーザー共存を評価する指標を設定する
◻︎価値循環の健全性を評価する方法を検討する
◻︎予想外の価値創造を捕捉する仕組みを検討する
 
 

まとめ

「わかる」「理解する」ということは、時間性、認知性、社会性、外化性という四つの次元が動的に相互作用する構造を持っています。この構造を意識的に設計することで、ユーザーが継続的に「わかった!」という喜びを感じ、成長し続けられる体験を提供できます。

優れた理解体験デザインとは、ユーザーが能動的な学習者・創造者として参加し続けられる環境を提供することです。このチェックリストを活用し、単なる機能提供を超えた、人間的な成長と創造の場としてのCXを目指してください。


 
参考文献
・アントニオ・R・ダマシオ(2010年)『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』田中三彦 訳 筑摩書房
・上田信行(2020)『プレイフル・シンキング[決定版] 働く人と場を楽しくする思考法』宣伝会議
・カール・R・ロジャーズ(2005年)『ロジャーズが語る自己実現の道』諸富祥彦・保坂亨・末武康弘 訳 岩崎学術出版社
・三宮真智子 編著(2008年)『メタ認知 学習力を支える高次認知機能』北大路書房
・ジャコモ ・リゾラッティ 、コラド・シニガリア(2009年)『ミラーニューロン』茂木健一郎 監修・読み手、柴田裕之 訳 紀伊國屋書店
・ジャン・ピアジェ(2007年)『ピアジェに学ぶ認知発達の科学』中垣啓 訳 北大路書房
・ジョージ・レイコフ(1986年)『レトリックと人生』渡部昇一・楠瀬 淳三・下谷 和幸 訳 大修館書店
・ダニエル・カーネマン(2012年)『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(上巻・下巻)』早川書房
・デイヴィッド・A・コルブ(2016年)『最強の経験学習』辰巳出版
・マイケル・ポランニー(2003年)『暗黙知の次元』筑摩書房
・ミッチェル・レズニック(2021年)『ライフロング・キンダーガーテン――創造的思考力を育む4つの原則』NTT出版
・ヴォルフガング・ケーラー(1960年)『類人猿の知恵試験』岩波書店
・野中郁次郎/竹内弘高(1996年)『知識創造企業』東洋経済新報社
・ジェラルド・ザルトマン(2003年)『心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす』ダイヤモンド社

Written by Hideaki Shirane