ほぐれるCX
CXにまつわる様々なテーマをほぐしながら、実践につながる考察をお届けします。
第一次元:時間性
一瞬でわかる
時間をかけて育つ
理解には、瞬間的なものと時間をかけて発達するものという時間的な広がりがあります。理解は瞬間に生まれることもあれば、反復や熟成を通じて徐々に形成されることもあります。
瞬間的理解:システム1と第一感
ダニエル・カーネマンのシステム1は、自動的で直感的な認知システムです。このシステムは、パターン認識や連想によって即座に結論に達します。私たちが一瞬で状況を把握し、良し悪しを理解するのは、この瞬間的理解の力です。
セス・ゴーディンが論じた「第一感」も、この瞬間的理解の重要な側面を捉えています。商品やサービスに対する最初の数秒での判断が、その後の関係性を決定することは、瞬間的理解が長期的な価値認識の基盤となることを示しています。
発達的理解:段階的な進化
カーネマンのシステム2は、意識的で論理的な思考システムです。時間をかけて段階的に問題を分析し、ルールに従って推論を重ねることで理解に到達します。数学の証明や複雑な意思決定など、じっくりと考える必要がある理解は、このシステム2の働きによるものです。
ジャン・ピアジェの認知発達理論も、段階的な理解の発達を示しています。最初は「1、2、3」と数字を音で覚えるだけの子供が、やがて実際の量と結びつき、足し算や引き算の概念を獲得し、最終的には代数や微積分の理解に至ります。
時間次元の統合:理解の循環的発達
第二次元:認知性
「理解は意識して起こすものか?それとも無意識に起こるのか?」
意識して起こす
無意識に起こる
理解には、意識的にコントロールできるものと無意識的に起こるものという認知制御の違いがあります。理解は直感や感情によって無意識的に生じたり、体験を通じて身体的に獲得することもあります。
意識的理解:メタ認知とシステム2
無意識的理解:暗黙知と感情による判断
認知次元の統合:意識と無意識の橋渡し
第三次元:社会性
個人の頭の中で起こる
他者との相互作用で生まれる
友人たちとの議論の中で、突然「そういうことか!」と気づくあなた。一人では思いつかなかった視点が、他の人の言葉によって開かれる。笑い声や驚きの表情が飛び交う中で、新しい理解が生まれている。
理解には、個人の内面で完結するものと他者や社会との相互作用で生まれるものという社会的な広がりがあります。他者との対話、共感、文化的背景などが、私たちの理解に影響を与えています。
個人的理解:内的な構築
社会的理解:模倣と文化による理解
社会次元の統合:個人と集団の知識循環
野中郁次郎のSECIモデルは、個人の理解と集団の理解がどのように循環するかを明らかにしました。個人の「勘」や「コツ」(暗黙知)をチームで共有し、それをマニュアルやルール(形式知)として整理し、さらにそれを個人が実践で身につけていく—この循環によって、個人も組織も共に成長していきます。理解は一人の頭の中に留まるのではなく、人と人の間を行き来しながら深まっていくのです。
第四次元:外化性
「理解とは、頭の中にあるだけで成立するのか?それとも、表現されて初めて真の理解となるのか?」
頭の中にあるだけで成立する
外に出して初めて真の理解となる
雨の日、傘を忘れた恋人にそっと自分の傘を差し出すあなた。その瞬間の温かい気持ち、恋人の安堵した表情、共に歩く足音...体全体で「愛」を実感している。行動として表現することで、理解が深まっている。
理解には、内的な思考で完結するものと、外的な表現を通じて深化するものという違いがあります。話す、書く、作る、演じるなど、アウトプットとしての表現行為は、理解の証であり深化の手段でもあります。
内的理解:思考による理解
私たちは「愛」「正義」「効率性」といった抽象的な概念を、頭の中だけで理解し操作することができます。数学の証明を紙の上で展開したり、哲学的な議論を論理的に組み立てたりするのも、この内的な思考による理解です。
外化による理解:作ることで学ぶ
レズニックの「Learning by Making(作ることで学ぶ)」は、実際に何かを作り出す過程で理解が深まることを示しました。プログラミングで何かを作る時、設計図を描く時、説明を人に伝える時—表現行為そのものが理解を生み出し、深化させます。
内外の統合:思考と体験の循環
デビッド・コルブの経験学習は、具体的体験→省察的観察→抽象的概念化→能動的実験という循環を通じて理解が発達することを示しました。理解は頭の中だけで完結するものではなく、表現し、実践し、再び考えるという動的なプロセスを通じて発達します。
理解の循環構造:四つの次元の動的相互作用
小さな循環:個人の理解発達
洞察的な「わかった!」体験(瞬間的)が積み重なることで、認知構造の発達(発達的)が促進されます。ゴーディンの「第一感」による瞬間的判断が、長期的なブランドロイヤルティや理解の深化につながるのもこの循環の一例です。レズニックの創造的螺旋は、この小さな循環の典型例です。
中くらいの循環:集団の知識創造
個人的な理解体験が共有され、集合知として蓄積されます。そして、その知識が再び個人の理解に影響を与えるという循環が生まれます。リゾラッティのミラーニューロン研究は、この循環の神経学的基盤を明らかにしています。他者の行動や理解を観察することで、自分の神経回路が活性化し、理解が個人から個人へと伝播していきます。SECIスパイラルは、理解が個人と社会を行き来しながら循環することを示しています。
大きな循環:理解のコンテクスト形成
レイコフが示したように、私たちの理解は、常に社会的・文化的なコンテクストの中で起こります。同じ情報でも、その人の文化的背景、社会的立場、共有している価値観によって理解の仕方が変わります。優れたデザインは、多様なユーザーが自分なりのコンテクストで理解できるよう、適切な文脈を提供し、文化的な橋渡しの役割を果たします。また、製品やサービス自体が新しいコンテクストを創り出し、社会の共通理解を形成していくのです。

「理解体験デザイン/測定」チェックリスト
四次元での理解体験デザイン
時間軸
◻︎ファーストインプレッションで直感的理解を実現する
◻︎説明不要で直感的に操作できるようにする
◻︎オンボーディングからマスタリーまでの成長ストーリーにする
◻︎継続的な「気づき」と「発見」を生む仕組みを組み込む
認知軸
社会軸
外化軸
理解体験の循環デザイン
小さな循環
中くらいの循環
大きな循環
理解体験の測定
瞬間的理解指標
長期的成長指標
コミュニティ価値指標
システム健全性の評価指標
まとめ
「わかる」「理解する」ということは、時間性、認知性、社会性、外化性という四つの次元が動的に相互作用する構造を持っています。この構造を意識的に設計することで、ユーザーが継続的に「わかった!」という喜びを感じ、成長し続けられる体験を提供できます。
優れた理解体験デザインとは、ユーザーが能動的な学習者・創造者として参加し続けられる環境を提供することです。このチェックリストを活用し、単なる機能提供を超えた、人間的な成長と創造の場としてのCXを目指してください。
Written by Hideaki Shirane
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