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【第9回】なぜビジネスにユーモアが必要なのか

〜パーパス経営の次に来るプレイフル・シリアスネス〜

Written by Hideaki Shirane

なぜビジネスにユーモアが必要なのか

二つの「同居」が組織を変える

近年、パーパス経営の重要性が広く認識されています。個人の情熱(パッション)と社会的使命(ミッション)の二つを同居させることで、持続可能で意味のある事業を実現する。この考え方は、もはやビジネス界の常識となりました。
パーパス経営が「何を目指すか」を描いたとすれば、次に問うべきは、「どうすればその理想を形にできるのか」です。その鍵となるのが、一見矛盾する二つの感情、「真剣さと遊び心の同居」です。
特に日本企業では、「真面目にやる」ことが美徳とされ、ユーモアは「不真面目」「不謹慎」と見なされがちです。しかし、この思い込みが、実は組織の創造性と回復力を著しく損なっているかもしれません。

科学が証明するユーモアの力

スタンフォード・ビジネススクールのジェニファー・アーカーとナオミ・バグドナスが著した『ユーモアは最強の武器である:スタンフォード大学ビジネススクール人気講義』は、ユーモアの驚くべき効果を科学的に実証しています。
 

 

ユーモアの具体的効果

・チーム内でのユーモアの存在が、機能的なコミュニケーションと高いパフォーマンスをもたらす
・プレゼンテーションでユーモアを使う人は、より有能で自信があると評価される
・組織リーダーのユーモアは、従業員のロイヤリティと自発的貢献意欲を向上させる
・ユーモアは心理的安全性を高め、創造的なアイデア出しを促進する

つまり、ユーモアは単なる「息抜き」ではなく、組織の核心的な競争力に直結するということです。

 

企業文化がユーモアを遠ざける理由

 現代の組織、特に日本企業においてユーモアが浸透しにくい背景には、いくつかの要因があります。

1.効率性至上主義

「無駄の排除」という名の下に、一見生産性に直結しないものは削られます。雑談、軽口、遊び心。これらは「時間の無駄」と見なされがちです。

  

2.完璧主義文化

失敗を許さない文化では、リスクを伴うユーモアは敬遠されます。「万が一誤解されたら」という恐れが、表現を萎縮させてしまいます。
 

3.権威主義的構造

厳格なヒエラルキーの中では、ユーモアは「権威への挑戦」と受け取られる可能性があります。

4.直接的成果重視

ユーモアの効果は間接的であり、業績には直接反映されないため、軽視されがちです。しかし、この発想が逆説的な結果を生んでいます。ユーモアを排除することで、かえって創造性、適応力、そして最終的には業績そのものを損なっているのです。

 

この循環は、個人レベルの脱学習が社会レベルの変革につながる構造を示しています。一人の人間の「Think Different」が、最終的に人類全体の理解を変えていきます。

 

極限状況に見るユーモアの実践

戦場における笑いの効用

ベトナム戦争捕虜の驚異的回復力 
1973年に北ベトナムから帰還した566人の軍人捕虜たち。25年後の医学・心理学的検査で、彼らはほとんど問題を示しませんでした。その背景にあったのは「効果的なユーモアの使用」でした。極限状況でも仲間同士で軽口を交わし、過酷な現実を皮肉で受け流すことで、精神的な尊厳を保ち続けたのです。 
出典:ResearchGate "Humor as a coping mechanism: Lessons from POWs"

現代戦闘での「クレヨン・ジョーク」 
イラクで銃撃戦に行き詰まった特殊部隊の兵士が、心理学者から聞いた「クレヨンを割ることを想像する」というストレス対処法を思い出し、笑みを浮かべていました。チームメイトは困惑しながら、「今何を考えてるんだ?」と尋ねると、彼は「今、クレヨンを割ることを想像しているんだよ、兄弟」と回答。この突拍子もない発言に仲間たちは笑い、緊張が一気に和らぎました。 
出典:Coffee or Die Magazine "Humor in Combat: Veterans Share Their Funny War Stories"

 
 

戦時リーダーのジョークと悪戯

ロンドン大空襲でのチャーチルの皮肉 
ドイツ軍がロールス・ロイス工場を爆撃したと大々的に発表した際、チャーチルは事実確認後こう報告しました。「ドイツ軍はダービーのロールス・ロイス工場を破壊したと主張しているが、実際には近づくことすらできなかった。230発の爆弾は全て空き地に落ち、犠牲者は鶏2羽のみである」。この乾いたジョークで、敵の誇張を笑い飛ばし、国民の士気を維持しました。
出典:The Leader's Life & Work "What Churchill can teach you about leading in crisis" 

キスカ島の「ペスト患者収容所」事件
1943年、日本軍がアリューシャン列島のキスカ島から撤退する際、守備隊の軍医が「アメリカのやっこさんたちをびっくりさせてやろう」と、兵舎前に「ペスト患者収容所」の看板を残しました。8月、上陸したアメリカ軍の通訳士官ドナルド・キーンがこれを翻訳すると、部隊は一時パニックに陥り、本国に大量のペストワクチンを緊急要請しました。戦後、この軍医が「あれは自分たちなりの悪戯でした」と名乗り出ると、キーンは「してやられた」と破顔一笑したといいます。
出典:『私と20世紀のクロニクル』ドナルド・キーン
 
 
 

宇宙開発での「軽口」がもたらす冷静さ

アポロ13号の「ホットドッグ論争」 
酸素タンク爆発という絶体絶命の状況で、宇宙飛行士が地上に「ホットドッグサンドイッチにケチャップをつけて食べてる」と報告しました。すると管制室は真面目な口調で「フライトプランではマスタードをつけることになっていたが、今回は大目に見よう」と応答。この何気ないジョークが、極度の緊張状態にあった両チームの士気を支えました。 
出典:Houston Chronicle "Remembering one of the funniest conversations to ever happen in space"

月面着陸プロジェクトの「不真面目」コード 
人類最大のプロジェクトを支えたアポロ11号のソースコードを見ると、プログラマーたちの遊び心が満載です。メインエンジン点火ルーチンは当時の人気DJのスローガン「BURN, BABY, BURN」、別の部分は「TRASHY LITTLE SUBROUTINES(くだらない小さなサブルーチン)」と命名。シェイクスピアの引用なども含まれていました。 
出典:Smithsonian Magazine "The Code That Sent Apollo 11 to the Moon Just Resurfaced Online and Is Chock-Full of Jokes"
 
 

現代企業の危機対応における自虐的ユーモア

KFCの「FCK」事件 
2018年、KFCが英国とアイルランドでチキン不足に陥り、多くの店舗が閉店する事態に。同社は新聞に、空になったチキンバケツの写真と共に、ブランドロゴの「KFC」を「FCK」に並び替えた広告を掲載。「A chicken restaurant without any chicken. It's not ideal.(チキンのないチキンレストラン。理想的ではありませんね)」というメッセージと共に謝罪しました。この自虐的なユーモアが大ヒットし、「危機管理の教科書」と称賛されました。 
出典:Harvard Program on Negotiation "Crisis Communication Examples: What's So Funny?"

 

医療現場のユーモア文化

「面白い出来事」の記録
救急医療の現場では、20年間にわたって「面白い出来事」が記録され続けています。「この患者さん、痛みのスケールは10段階中15です」といった誇張表現や、「また金曜の夜の『満月効果』が始まった」といった内輪ジョークで、医療従事者たちは過酷な現実に立ち向かっています。彼らは、このようなユーモアこそが患者により良いケアを提供するために不可欠だと証言しています。 
出典:PubMed "Humor in the pediatric emergency department: a 20-year retrospective" / PMC "Humor and sympathy in medical practice"

 
 

極限状況が教える共通パターン

これらの事例から、ユーモアが発揮する共通の効果が見えてきます。

1.認知的柔軟性の向上
絶望的な状況を別の角度から見る力を与え、固定化した思考パターンを打破します。

2.チーム結束の強化
困難な体験を共有し、笑いあうことで、深い信頼関係と連帯感が生まれます。

3.ストレス軽減効果
笑いは生理学的に緊張を緩和し、ストレスホルモンを減少させ、免疫力を向上させます。

4.心理的安全性の向上
ユーモアのある環境では、失敗や異論を恐れずに発言できるようになります。

5.創造的解決策の促進
リラックスした状態で、従来の枠にとらわれない発想が生まれやすくなります。
 
6.希望と人間性の保持
どんな状況でも笑える余裕があることが、尊厳と希望を維持する源泉となります。

チャーチル流:今すぐ実践できるユーモア活用法

チャーチルは第一次大戦で将校たちに次のように助言しました。 「少し笑え、そして部下にも笑うことを教えろ。砲火の下でも上機嫌でいろ。戦争は笑顔でするゲームだ。笑えなければにやりとしろ。それもできなければ、できるようになるまで邪魔にならないところにいろ」

これをビジネスに置き換えると、こうなります。


現代版チャーチル・メソッド

「少し笑え、そして部下にも笑うことを教えろ」 
→ リーダー自身が適度に軽やかさを保ち、チームにも緊張しすぎないよう促す

「砲火の下でも上機嫌でいろ」
→ 困難なプロジェクトやクレーム対応でも、余裕と前向きさを失わない

「笑えなければにやりとしろ」 
→ 完璧なユーモアを求めず、まずは軽い笑顔や温かい雰囲気から始める

「それもできなければ、できるようになるまで邪魔にならないところにいろ」 
→ 無理にユーモアを使わず、まずは他者のユーモアを受け入れる姿勢を身につける

この段階的アプローチなら、誰でも今日から実践できます。

 

ユーモアのリスクと注意点

ただし、ユーモアには適切な使い方と、うまく使うためのポイントがあります。

 

避けるべきユーモア

・他者を傷つけたり、見下したりするもの
・文化的・宗教的感情を害するもの
・タイミングや場所が不適切なもの
・権力関係を悪用するもの

 

ユーモアをうまく使うポイント

・聴衆を知る:相手の背景や状況を理解する
・タイミングを見極める:相手が受け入れる余裕があるかを判断する
・自分を含める:他人だけでなく、自分も笑いの対象にする
・失敗を受け流す:毎回成功する必要はないと割り切り、深刻に捉えずに次に進む

 

プレイフル・シリアスネスという新しいリーダーシップ

パッションとミッションの二つの同居がパーパス経営を生んだように、真剣さと遊び心の二つの同居が、次世代の組織文化を創造するための鍵になります。真剣に取り組むべきことに真摯に向き合いながら、同時に遊び心と軽やかさを失わない。不確実性の高い現代において、この「プレイフル・シリアスネス」こそが組織と個人の持続可能性を支えます。
ユーモアは、単なる娯楽ではありません。人間の尊厳を保ち、創造性を発揮し、困難を乗り越える力の源泉です。最も深刻な状況でこそ、笑うことが大切です。

ユーモアを恐れる組織が効率化に走る中、プレイフル・シリアスネスを身につけた組織こそが、次の時代を切り拓いていくでしょう。


 
参考文献
ジェニファー・アーカー 、ナオミ・バグドナス 『ユーモアは最強の武器である:スタンフォード大学ビジネススクール人気講義』神崎朗子 訳 東洋経済新報社(2022)
ヴィクトール・E・フランクル(2002)『夜と霧 新版』池田 香代子 訳 みすず書房
 
 

Written by Hideaki Shirane