2023.05.19
Blog|マーケティング・コミュニケーションのローカライズのためのエスノグラフィック・リサーチ手法
「ローカライゼーション」という概念は決して新しいものではなく、既に多くの企業が自社製品をグローバル市場で販売する際に、重要なものとして巧みに取り入れています。しかし、これを行なうだけでビジネスの成功が約束されるというものではありません。また、一部の企業にとってローカライゼーションはまだ新しい概念であり、これをうまく行なえなかった失敗例もあります。
製品を現地市場に適合させるにしても、現地に合わせたマーケティング・キャンペーンを展開するにしても、ターゲットとなる消費者と現地市場の社会・文化環境を深く理解することが基本です。これらをよく理解しなければ、マーケット・フィットを達成することはより難しくなります。
その一例として、“Stories That Deliver Business Insights”という記事の中で、世界的な玩具メーカーが、より効果的なマーケティング戦略に関する洞察を明確にするためにエスノグラフィック・リサーチを活用した事例が紹介されています。リサーチの結果、中国の子どもたちは、欧米の子供たちに比べて持っているおもちゃの数が圧倒的に少ないこと、また、将来より良い仕事に就くために、勉強が得意になるような教育や活動にほとんどの時間を費やしていることがわかりました。そこで、同社は中国市場向けに製品のポジショニングを変更し、製品の教育的側面を強調するようになりました。玩具が子どもの創造性を高める効果を強調し、学校と協力して、玩具と教育を結び付けました(Cayla & Beers & Arnould, 2014)。
人類学をルーツとするエスノグラフィック・リサーチは、人々が自分の置かれた環境でどのように行動しているのかを調べるものです。人々の消費行動に関する洞察を得るだけでなく、マーケティング・コミュニケーションに応用できる有効なツールでもあります。
私たちはデジタル化され、繋がった世界に住んでおり、コミュニケーションやインタラクションが常にあらゆる方向で交差しています。このような環境下では、製品やサービスをローカル市場に合わせることに注力するだけでは十分ではありません。ターゲットとなる人々に正しいメッセージを届け、それをさまざまな地域を跨いだよく練られたローカライゼーション戦略の中で調整することが、今日のグローバル・マーケティングには欠かせません。これは、ターゲットとなる顧客が自社の裏庭にいる場合でも、地球の裏側にいる場合であっても同じです。
“Stories That Deliver Business Insights” の中にも、フォード社が国内のマスタング顧客を対象にエスノグラフィック・リサーチを実施した事例が紹介されています。フォードが目の当たりにしたのは、多くのマスタング車の購入者は、オリジナルのマスタングが独自に提供する、若者が持つ「無責任さ」と「自己主張」の概念を強く欲しているという事実でした。
さらにマスタングは、そのコア・セグメントであるベビーブーマーからは、自分に許された「唯一の無責任な喜び」と位置づけられることが多くありました。そこでフォードは、ブランドの近代化を図るのではなく、 マスタングのレガシーとノスタルジアを受け入れることにしました。その結果、マーケティングチームは、ベビーブーマーの青春時代へのノスタルジアをブランド戦略により直接的に結びつけるようになり、その年代で有名なスターのイメージを起用することにしました(Cayla & Beers & Arnould, 2014)。
エスノグラフィック・リサーチは、企業が海外市場でローカル企業と競争しようとするときにも同じ役割を果たしますが、企業はさらに大きな「文化的な不慣れさ」に直面します。特に、この文脈におけるローカライゼーションのミスは、人々から無神経で非常に攻撃的なものと捉えられ、悪目立ちしてしまうものです。
例えば、2016年にBMWが展開したCMは、ソーシャルメディア上で怒りを呼びました。そのCMでは、アル・アイン・フットボール・クラブの選手が試合前に同国の国歌を歌いますが、試合を始める代わりに、車のエンジン音を聞いて、途中からBMWに駆け寄る様子が描かれていました(Dajani, 2016)。
そして2018年、ドルチェ&ガッバーナは、豪華なドレスを纏ったアジア人女性が、箸を使ってぎこちなくイタリア料理を食べている短い動画を公開しました。この動画は、中国人から人種差別的なステレオタイプを押し付けていると非難され、多大な批判を浴びました(Pan, 2018)。
このような例を避けるために、企業は、エスノグラフィーを効果的なツールとして使用し、現地市場へ展開するために使用されるメッセージとチャネルに焦点を当てた、ローカライズされたマーケティング・コミュニケーションを追求する必要があります。統合マーケティング・コミュニケーション(IMC)のような全体的なアプローチも可能であり、IMCにおけるエスノグラフィーのメリットは、“Anthropology and Ethnography: Contributions to Integrated Marketing Communications”という研究論文で強調されている通り、消費者がある種の製品を使う理由を理解できることの他、コミュニケーションメッセージ(広告プランニング)やコミュニケーションチャネル(メディアプランニング)、セールス&プロモーション(マーケティング戦略)、そして流通チャネル(POS戦略)の策定をより円滑かつ鮮明に行なうことができるようになることです(Méndez、2009)。
言い換えるならば、エスノグラフィーがローカライズされたマーケティング・コミュニケーションに対して貢献できることとしては、以下のようなものが考えられます:
- 1. マーケティング担当者が適切なメディアプランを立てるために、ターゲットが頻繁に利用するメディアやソーシャルメディアを特定すること。
- 2. 広告や販促キャンペーン、PR活動に活用できるインフルエンサーとなりうる特定分野のKOLを特定すること。
- 3. 事業計画や販売戦略を改善する可能性のある、日常生活や購入嗜好といった消費者の習慣を把握すること。例えば、買い物の仕方について、実店舗での買い物からAmazonのようなECサイトの利用など、地域によって好みが異なる場合があります。また、その地域のライフスタイルや信念と適合するような、他のチャネルが台頭している可能性もあります。(例えば、中国の多くの消費者にとって、ライブストリーミングチャンネルで商品を購入することはごく一般的です。)
- 4. 消費者のニーズ、信念、文化的、社会的要因を特定することで、マーケティングメッセージを微調整したり、消費者の気分を害するような不適切なメッセージを避けることができます。例えばインドは多宗教国家で宗教に関してはセンシティブなため、宗教に関連するマーケティングコンテンツには特に注意が必要です。
上記のようなメリットを達成するために、エスノグラフィー研究者は様々なテクニックを用います。主な技法として、以下のようなものがあります:
1. 参与観察(Participant Observation)
2. 文脈的質問法(Contextual Inquiry)
3. アーカイバル・リサーチ(Archival Research)
参与観察(Participant Observation):エスノグラフィック・リサーチでは、参加者の観察に多くの時間を費やします。参与観察は、ある集団とその日常生活を観察するために用いられる研究方法です。
参加型観察を行うにあたり、研究者は研究対象のグループの生活に完全に没入してその一員となることも、完全に傍観者となることもできます。データ収集の方法としては、文書、音声、映像などの形式で記録されたフィールドノートや日記が最も一般的です。
(プロジェクトで、消費者の食品の購入や食事の行動を観察するmctのデザイナー)
文脈的質問法(Contextual Inquiry):エスノグラフィック・フィールドワークの一環としての文脈的探究では、通常、観察中に参加者に質問を投げかけます。この方法は、参加者が取る特定の行動に対して、なぜそのような行動をとったのかを理解するために用いることができます。
この方法の明らかな利点は、この種のインタビューが観察中に行われるため、研究者は参加者に対して、観察した行動に直接関連する質問をすることができるという点です。
アーカイバル・リサーチ(Archival Research):アーカイバル・リサーチとは、文字通り、アーカイブ(関連文書、原稿、デジタルコピーや記録など)を対象に行われる研究のことです。
通常、アーカイブ研究は、歴史的な文書の研究を指しますが、歴史書以外の文書やテキストを研究するために用いられることもあり、多くの場合、フィールドワークや調査などの他の方法と組み合わせて使用されます(Mohr & Ventresca, 2002)。
画像出典: Adeolu Eletu on Unsplash
人類学者のマーガレット・ミードは、"What people say, what people do, and what people say they do are entirely different things (人々が話すこと、人々が行なうこと、人々が行なっていると話すことは、それぞれ全く異なる)"という有名な言葉を残しています。調査やフォーカスグループなど他の調査方法と比べ、エスノグラフィック・リサーチは、自然な環境の中で人々を観察することで、「人々が言うこと」と「人々がすること」のギャップに目を向けます。
どのような研究手法にも言えることですが、エスノグラフィック・リサーチには長所と短所があります。エスノグラフィック・リサーチの一般的な懸念事項として、過度に主観的な調査につながる可能性があること、また比較的時間がかかることなどが挙げられます。しかし、経験豊富なデザイナーによる入念な計画と、リサーチの実施方法に関する彼らの指導によって、これらの制限を緩和する方法もあります。
概して、エスノグラフィック・リサーチは、企業の市場調査活動において、馴染みのある市場、馴染みのない市場を問わず、間違いなく導入されています。フォードやAirbnb、IKEAやMieleといった企業にとって、エスノグラフィック・リサーチは、企業がユーザーを深く理解し、適切で共感できるマーケティング・コミュニケーションを形成するのに役立っているのです。
記事原文: Wenxin Huang 日本語編集:Kengo Arai
Special thanks:Eric Frey
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参考文献
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Cayla, Julien & Beers, Robin & Arnould, Eric. (2014). Stories That Deliver Business Insights. MIT Sloan Management Review. 55. 91-92.
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Dajani, H. (2016, June). BMW pulls commercial featuring UAE anthem after outcry. The National. https://www.thenationalnews.com/uae/bmw-pulls-commercial-featuring-uae-anthem-after-outcry-1.192616
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Pan, Y. (2018). Is it Racist?: Dolce & Gabbana’s New Ad Campaign Sparks Uproar in China. Jing Daily. https://jingdaily.com/dolce-gabbana-racism/
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Mendez, Claudia. (2009). Anthropology and ethnography: Contributions to integrated marketing communications. Marketing Intelligence & Planning. 27. 633-648. 10.1108/02634500910977863.
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Mohr, John & Ventresca, Marc. (2002). Archival Research Methods. 10.1002/9781405164061.ch35.
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From the Ground Up. (n.d.). Airbnb.Design. https://airbnb.design/from-the-ground-up/
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Ethnographic research drives IKEA’s global success. (2015, March 24). https://blog.experientia.com/ethnographic-research-drives-ikeas-global-success/
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The human experience: Making the most of ethnographic research. (n.d.). Deloitte United Kingdom. https://www2.deloitte.com/uk/en/blog/future-of-experience/2021/the-human-experience.html
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Wenxin Huang
株式会社mct エクスペリエンスデザイナー
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