2024.10.01
なぜ組織にデザイン思考が必要なのか? − 2 −
前回に引き続き、デザイン思考を先駆けて取り入れた企業の事例を紹介します。
これらの企業の共通点としては、下記の3つのポイントを踏襲していることが挙げられます。
1) 単発のイノベーションを超えて、組織がイノベーティブであり続けることを目指す
2)組織構造、プロセス、カルチャー、評価基準などの変革を取り組みに含める
3)従業員のモチベーションを重視し、時間をかけてカルチャーを醸成する
各企業が実行している様々な施策のうち、部分的な紹介になりますが、具体的な工夫を見て行きましょう。
SAP
社外の安全なところで種を撒き、育てる
SAPは、ドイツに本社を置くヨーロッパ最大級のソフトウェア会社。1990年代後期から2000年初期、SAPは主力商品であるERP(統合基幹業務システム)ソフトの成功の後、次の新ビジネス開発に向け模索していたが、そう簡単には進まなかった。その原因を、SAP創業者の1人であるハッソ・プラットナー氏は、2016年の日経ビジネスのインタビューでこのように答えている。
「原因ははっきりしていた。既存のソフトと収益を食い合うのではないか、という懸念が社内から起きたんだ。(中略) 社内では既存の事業を脅かすような大胆な製品はつくれない。それで、どうしたか。私は社内の影響が何もおよばない、自由な環境で研究に取り組むことにしたんだ」
(日経ビジネスオンライン SAP創業者「イノベーションのジレンマ」を語る https://www.sapjp.com/blog/archives/7038:より引用)
そして、自ら設立した社外の組織(情報技術研究のための大学・大学院)で、会社の考え方に凝り固まっていない学生たちとデザイン思考アプローチを用いて研究を重ね、次世代ERPの根幹をなす技術のアイデアを生み出したという。
ハッソ・プラットナー氏が設立し、次世代ERPのための技術研究を行なったHasso Plattner InstituteのHP
(出典:https://hpi.de/en/channel-teaser/studium/design-thinking-for-students-of-all-disciplines.html)
▶︎デザイン思考に限らず、新しい考え方・アプローチを社内組織に導入する際には摩擦や抵抗がつきものです。新しい動きを潰しにかかってくる抵抗勢力から隔離し、成功実績を作ってから本格導入するという考え方はよく聞くものの、できるだけ気づかれないよう徹底して伏せておいたのが功を奏したようです。
Whirlpool
導入段階ではインプットの目標/評価基準を重視する
Whirlpoolは、米国屈指の白物家電メーカー。従業員は約6万7千人、売上高は約1.5兆円にのぼる。
これほどの巨大組織でイノベーションを起こした成功例として、今では様々な企業からベンチマークの対象として見られているが、1999年頃、Whirlpoolは決してイノベーティブな企業ではなかった。凡庸な「メーカー」から、「秀逸な貿易販売組織」そして「カスタマードリブンのブランド企業」に変革を遂げるべく、組織改革が行われた。まずWhirlpoolは、「ブランドに対するカスタマーロイヤルティを作り出すこと」を目指した。それが最終的には継続的な利益成長につながると考えたのだ。それを元に慎重に企業戦略のブループリントを作成したが、それがどんなに良くできた内容であれ、企業に根付くには、長期的な導入プロセスが必要であると考えた。その際に考案されたのが下記の「The Embedded innovation S-Curve」というプロセスだ。
(出典:『Unleashing Innovation: How Whirlpool Transformed an Industry』Nancy Tennant Snyder (著), Deborah L. Duarte (著))
イノベーションの初期段階では「アウトプットよりもインプット重視」とし、少数精鋭のメンバーに自社に合ったフレームワーク・ツールを開発させ、それを他のメンバーに学ばせるという期間に当てた。Whirlpoolがかけた時間は、2001年から2005年の約5年間。ここでは成果測定の基準も、何人にトレーニングしたか、どれだけの発見があったか、といったインプットにフォーカスした項目で設計されている。そしてやがてブレークスルーポイントに達し、いくつかの成功実績が挙がってきた段階で、アウトプット(利益などの目に見える結果)の測定を始めた。継続的な改善というフェーズにたどり着くまで、おおよそ10年間がかかったという。
▶︎Whirlpoolが成功したポイントは、長期的な視点で組織変革のプロセスを設計しただけでなく、このS-Curveのプロセスに合わせて評価の基準まで設計したところにあります。企業として目指すべきビジョンと、時間に沿った段階的な目標・基準が合わさって初めて組織への浸透が図れることが理解できる事例です。
Hyatt
従業員エンゲージメントをベースにカルチャーを育てる
ハイアット ホテルズ アンド リゾーツは、米国に本拠地を置き、約50か国で548以上のホテルを展開する世界有数のホテルブランド。 2011年、同社は過去最高の売上高、株価の急騰、従業員評価を得ていた。だがハイアットのリーダー達は、顧客の期待がより高度に変化しており、ブランドロイヤリティが徐々に低下しているという調査結果に危機感を覚え、スタンフォード大学のd.schoolでデザイン思考を学び、組織改革に乗り出した。
彼らは、「なぜ、私たちは変わる必要があるのか?」と自分たち自身に問いかけることから始めた。そして従業員の声を聞き、彼らにとって重要なことは何か、ゲストとの間にどんなことが起こっていたのか、またゲストはなぜ旅をするのか、実際にはどんな体験をしているのかについて深く理解した。そこで自分たちの提供している体験があまりに画一的すぎ、顧客に対してポジティブな印象を残せていないといった問題点を発見した。
その後、9つのホテルを「Innovation Lab」にして、経営幹部や実際のゲストを招いて改善案を体験してもらい、実験を繰り返すことで解決策を見出していった。その後も、世界中のエリアマネージャーが新しいアイデアを実験できるように支援。そこから、「早く失敗し、そこからの学びをシェアする」、ラピットプロトタイピングの文化が培われていった。
従業員がイノベーションラボに集結し、顧客体験を改善するためのアイデアを考えている様子
(出典:Hyatt transforms nine hotels into innovation labs
https://ariegoldshlager.wordpress.com/2013/07/22/hyatt-transforms-nine-hotels-into-inovation-labs/)
Chief HR officerのRobb Webb氏は、ハイアットが目指すブランドは90000人の従業員の力によってもたらされるとして、以下の5点を挙げている。
(Building a Strong Workforce in Culturally Conscience Hotels Worldwide https://profilemagazine.com/2012/hyatt-hotels/ より引用)
▶︎今回は書ききれなかったのですが、ハイアットの事例で興味深いのは、チェックイン時のちょっとした改善と、デジタルテクノロジーやソーシャルメディアを取り込んだ破壊的なイノベーションを分けるのではなく、従業員が積極的に関わりながら、一体的にマネジメントしているところです。デザイン思考がカルチャーとして浸透し、継続的な変革・成長に繋がっている好例と言えます。
いかがでしたでしょうか。私も今回事例について調べていく上で、絶対的にこれが正しいというプロセスは存在しないものの、各企業のビジョンや個性にフィットさせた(慎重にカスタマイズした)導入の仕方を、根気よく模索していくことが結局近道なのかと学びました。そのようなプロセスや方法論を知る一方で、個人的には、人は心の底から「それはいい、やってみたい!」と共感できたものにしか真剣に取り組めないのかなとも思います。私たちがデザイン思考を知った時の驚きやワクワクを、一人でも多くの方に知っていただけるようなお手伝いができればと考えています。
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Eiko Ikeda
株式会社mct エクスペリエンスデザイナー
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