ほぐれるCX
CXにまつわる様々なテーマをほぐしながら、実践につながる考察をお届けします。
今日、あなたは何を待ちましたか?
電車の到着待ち、信号待ち、エレベーターの到着待ち、メールの返信待ち。私たちは一日の中で、数え切れないほど多くの「待つ」瞬間を経験しています。でも、不思議なことに同じ10分間でも、その感じ方は全く違います。パスタが茹で上がるのを待つ10分は意外と短く感じるのに、病院の待合で10分間待つのは永遠のように長く感じられます。
この違いは一体何なのでしょうか?
「待つ」を分解してみると見えてくるもの
実は「待つ」という行為は、いくつかの要素に分解して考えることができます。
1. 予測可能性:いつ終わるかが分かるか
2. 確実性:待った後に確実に結果が得られるか
3. 感情的価値:待った後の出来事がポジティブかネガティブか
4. 重要性:その結果が人生にどれくらい影響するか
5. 能動性:自分で行動を起こせるか、受動的に待つしかないか
同じ「待つ」でも体験は全く違う
・パスタの茹で時間を待つのは「予測可能、確実、ポジティブ、重要ではない、やや受動的(タイミングを決める能動性はある)」という、ストレスの少ない組み合わせです。
・一方、病院で診察を待つのは、「予測不可能、確実(診察を受けられる)、ネガティブ、重要、完全に受動的」という、ストレスフルな体験になります。
・新型iPhoneの発売をApple Storeの前で徹夜で待つのは「予測可能(発売時刻が決まっている)、確実、ポジティブ(欲しい商品への期待)、個人的に重要、能動的(自分で選んだ行動)」という組み合わせで、長時間でも楽しい体験として感じられます。
・子どもの成長を待つのは「予測可能、確実、ポジティブ、とても重要、見守るという能動性がある」という、親として大切な待ち体験になります。
パスタが茹で上がるのを待つ体験と病院で診察を待つ体験をレーダーチャートを使って視覚化するとこのようになります。基本的には、面積が大きいほどストレスが大きい体験になります。

「待つ」ことに対する感覚は文化によって大きく異なります。日本では電車の数分の遅延に不快感を覚える一方で、他の文化圏では時間に対してより柔軟な感覚を持っていたり、待つこと自体を社交の機会として捉えていたりします。しかし、私たちは往々にして自分の文化的背景を「当たり前」としてしまいがちです。5つの軸を使うことで、その文化における「待つ」ことがどのような意味を持っているかを客観的に分析し、適切に理解することができます。
従来のCXが見落としていること
これまでサービスやCXの研究では、長い間「待つ=問題」という前提で議論され、「待ち時間を短縮する」「待っている間の気晴らしを提供する」といったアプローチが中心でした。
しかし、一部の研究では「長く待った顧客ほど多く購入する」という逆説的な現象 や、「沈黙や待つ時間がリラクゼーションや気分改善をもたらす」 といったポジティブな側面も発見されています。これらの「意外な」発見が示すのは、待つこと自体が必ずしも悪いものではないということです。
そして、「長く待った顧客ほど多く購入する」という現象は、心理学的には「認知的不協和」として、5つの軸を使って説明することができます。
予測可能性:低い(予想以上の待ち時間)
確実性:高い(最終的にサービスは受けられる)
感情的価値:ネガティブ→ポジティブに転換
重要性:購入行為により事後的に重要性を付与
能動性:購入決定という能動的行為で主導権を回復
待ちは価値を感じるシグナルとして機能する
本格的な釜飯なら米から炊くので時間がかかる、生成AIの解答が速すぎると本当に考えているのかと疑問に感じる、自分の前の患者の診察があまりに短時間だとちゃんと診てくれるのか不安になる。
私たちは、待つことを価値のシグナルとして体験しています。
・高級レストランでの「お料理に少々お時間をいただきます」→「丁寧に作ってくれる」
・テーラーでの「仮縫いまでに2週間かかります」→「職人が細部までこだわっている」
・人気アトラクションの「行列待ち」→「このアトラクションは面白い」
つまり、待ち時間そのものが価値を高める要素として働いているのです。
ゴール指向の待つ体験デザイン
拡張して考える「待つ」体験
「待つ」ことは、順番待ちだけではありません。
・車の渋滞
・電車の遅延
・手術の順番を待つこと
・恋人からの返事を待つこと
・作物の種の芽が出るのを待つこと
・投資のタイミングを待つこと
・季節の変化を待つこと
・子どもの成長を見守ること
レベルは違いますが、これらすべてが「待つ」体験です。そして重要なのは、それぞれの背後に顧客のゴールがあるということです。その人がどんな結果を得たいか、どんな気持ちになりたいか、どんな自分でありたいかによって、待つことの意味合いが大きく変わります。
・電車待ちのゴール:「時間通りに到着したい」 → 待ちは「予定の障害」として体験される
・手術待ちのゴール:「安心・治癒を得たい」→ 待ちは「不安な時間」として体験される
・恋人からの返事待ちのゴール:「愛されていることを確認したい」 → 待ちは「心配と期待の混在」として体験される
・子どもの成長待ちのゴール:「成長を見守りたい」 → 待ちは「長い時間の流れ」として体験される
ゴールに沿って待つ体験を意味づける
・高級レストランの予約待ち → 「特別な体験への心の準備」として演出
・医療診断待ち → 「自分の体と真剣に向き合う大切な時間」として意味づけ
・カスタマーサポート待ち → 「問題解決への価値ある投資時間」として価値化
・手術待ち → 「希望への準備時間」として捉え直し
・恋人からの返事待ち → 「関係性を深める機会」として再定義
価値のシグナルとして待つ体験をデザインする
さらに進んで、待ち時間そのものを価値を感じるためのシグナルとして活用できます。
・高級レストランの予約待ち:重厚な扉、落ち着いた照明、シェフが厨房で丁寧に調理する様子が見える→「特別な体験のための丁寧な準備」を感じる
・医療診断待ち:清潔で整然とした環境、医師が資料を慎重に確認する姿→「慎重で精密な診断」への信頼を感じる
・カスタマーサポート待ち:「現在○件のお問い合わせをお受けしています」の表示、専門的な資料が並ぶ背景→「多くの人に信頼される丁寧な対応」を感じる
・手術待ち:医療スタッフが準備に集中する様子、最新設備の存在→「最良の医療環境」での安心感を感じる
・職人による手作り製品待ち:工房の音、職人の集中した表情、伝統的な道具→「丁寧な手仕事」の価値を感じる
顧客のゴールに沿って待ち時間の意味を再定義し、五感を通じて価値を感じる手がかりを提供することが、待つ体験デザインの鍵となります。
ゴール指向の待つ体験デザインプロセス
以下の4つのステップで待つ体験をデザインすることができます。
ステップ1.顧客のゴールと全体ジャーニーの理解
ステップ2.5つの軸で現状の待つ体験を観察・分析
ステップ3.顧客のゴールに沿って待つ体験の意味の再定義
ステップ1で理解した顧客のゴールと全体ジャーニーに基づいて、待つ時間を「障害」から「価値ある準備時間」や「期待を高める演出時間」として意味づけ直します。この際、ステップ2の5つの軸による分析が重要な役割を果たします。現状の待つ体験がなぜネガティブに感じられるのか、どの軸が問題となっているのかを具体的に把握することで、的確な意味の再定義が可能になります。
例えば、病院の診察待ちで「予測不可能、不確実、ネガティブ、重要、受動的」という分析結果が出た場合、単に「リラックスタイム」として再定義するのではなく、「予測不可能性」と「受動性」を改善する方向で「医師が私のために丁寧な準備をしてくれている貴重な時間」として再定義できます。
ステップ4.五感を通じて価値を感じる手がかりをデザイン
まとめ:「待つ」を価値創造の機会として捉え直す
従来のCXが「待ち=削減対象」として捉えてきたのに対し、新しいアプローチでは「待ち=ゴール達成プロセスの一部」と考えます。これは顧客の人生の文脈や価値観に深く関わる、より人間中心的なCXアプローチです。待つことを「必要悪」ではなく「価値創造の機会」として捉え直すことで、全く新しい顧客体験の可能性が開けるのではないでしょうか。
次にあなたが何かを待つとき、ぜひその体験を5つの軸で分析してみてください。そして、その待ち時間があなたの本当のゴールにどう関わっているかを考えてみてください。きっと新しい発見があるはずです。
Written by Hideaki Shirane
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