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【第12回】なぜ、日本企業のDEIは停滞するのか?

~システム思考で導き出す根本問題と129兆円の市場機会~

Written by Hideaki Shirane

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その市場規模、御社は知っていますか?

ある国内大手企業の役員会議。 新しい市場開拓案として提示された数字に、役員たちの表情が変わりました。

「129兆円、これは日本GDPの約21%を占める巨大市場です。しかも、競合のほとんどがまだ本気で参入していません。」

その市場の正体は「多様性市場」。障害者、LGBTQ+、シニア、外国人といった多様な顧客層が持つ潜在購買力の総和です。ところが、多くの日本企業はこの市場を「人事施策の延長」として捉え、事業戦略にはほとんど反映させていません。海外ではDEI(Diversity, Equity & Inclusion:多様性・公正性・包摂性)がイノベーションやブランド価値の源泉として競争優位を生み出している一方、日本では研修やスローガンにとどまり、経営の中核に組み込まれるケースは稀です。

国際比較研究でも、日本企業のDEIの遅れは繰り返し指摘されています。 McKinseyの「Diversity Wins」レポートは、多様性の高い企業は収益性で競合を上回ると指摘していますが、日本企業はこの恩恵を十分に享受できていない状況です。
https://www.mckinsey.com/featured-insights/asia-pacific/mobilizing-women-to-step-up-as-leaders-in-japan

世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダー・ギャップ指数2024」でも、日本は146か国中118位と主要先進国の中で最低水準にとどまっています。 
https://www.japantimes.co.jp/news/2025/06/12/japan/society/wef-gender-equality-report/

なぜこれほどの機会が見過ごされているのか? 答えは、日本企業の「意識の遅れ」ではなく、社会・企業・個人が絡み合ったシステムの問題にあります。
 
 
 
 

なぜ日本企業はDEIで遅れているのか?

近年、DEIの重要性が世界的に叫ばれる中、日本企業の取り組みは欧米企業と比較して大きく遅れているのが現実です。多くの企業が研修などの表面的な施策を実施していますが、根本的な変化は見られません。日本企業のDEI停滞を理解するには、社会・企業・個人レベルが複雑に絡み合ったシステムの問題として捉える必要があります。

 

日本のDEI停滞を生む2つの負のサイクル

社会・教育・個人の循環

まず、社会レベルでの循環があります。
長期にわたる同質的な社会構造の中で、「和」を重視し異なる意見や多様性を避ける文化的傾向が根づいています。この価値観を背景とした教育システムは、多様性の価値を軽視し、結果として無意識の偏見を持つ個人を再生産し続けています。
 
 

経営・組織の循環

同時に、企業レベルでも別の循環が働いています。
無意識の偏見を持つ同質的な経営層は、変化を避けリスク回避的な経営を行います。その結果、DEI施策は形骸化し、組織内の心理的安全性は低いままとなり、多様性を受け入れる土壌が育ちません。
 
 

サイクルの相互強化メカニズム

この2つのサイクルは相互に強化し合っています。第1サイクルが第2サイクルに同質的な価値観を持つ人材を供給し、第2サイクルが人材の同質性を強化して第1サイクルの社会の価値観変化を妨げるという構造です。さらに、現状がうまく機能していると認識されると、変化の必要性そのものが疑問視され、サイクルがより強固になります。



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考えられる介入ポイント:3つのアプローチ

このシステム的な問題に対して、3つの有効な介入ポイントが考えられます。
 

A. 教育改革

・効果:大(根本的変化)
・時間軸:長期(10〜20年)
・現状:一部学校で探究学習・STEAM教育が開始
・評価:将来への重要な投資として期待
 

教育改革は最も根本的で長期的な効果をもたらします。現在、一部の学校で始まっている探究学習やSTEAM教育は、多様な視点を重視する次世代の育成につながる重要な取り組みです。

B. 経営層の多様化

・効果: 中(即効性あり)
・時間軸: 短期(1〜3年)
・現状: 一部企業で実践開始
・評価: 組織変革の触媒として有効
 
経営層の多様化は即効性のあるアプローチです。実際に女性役員の登用や外国人経営者の招聘など、先進的な企業では変化が始まっており、組織文化の変革につながっています。
 

C. 価値創造施策としてのDEI

・効果: 中~大(事業成果次第)
・時間軸: 中期(3〜7年)
・アプローチ: コンプライアンス → 競争優位の源泉
・特徴: ビジネス成果との直結が可能

 

なぜ「価値創造施策としてのDEI」に注目するのか?

Aの教育改革は確実に次世代を変える重要な取り組みですが、効果が現れるまでに長い年月を要します。Bの経営層の多様化は即効性がありますが、それにより組織変革が起こるかどうかは不確実です。
A・Bに対して、Cの価値創造施策としてのDEIには、以下の優位性があります。
 
・ビジネス成果に直結:売上・利益への貢献で評価できます
・経営陣の本気度向上:DEI施策のROIが明確で投資判断がしやすくなります
・持続可能性:事業成果が出れば自然と継続されます
 
Cを実行するために必要なことは、DEIをコンプライアンス目的から競争優位の源泉に転換する、ただそれだけのことです。
 

 

見過ごされる「多様性市場」の巨大ポテンシャル

価値創造施策としてDEIの有効性を示すため、日本国内の多様性市場の規模を見てみましょう。その機会の大きさに驚かれるはずです。

日本の多様性市場マップ

障害者市場:13兆円

・人口:1,165万人(総人口の9%)(出典:総務省統計局、2022年)
・購買力:13兆円(障害者とその家族・友人含む)(出典:日本財団、2021年)
・成長分野:視覚障害者向け支援技術市場は2030年に132億ドル予測(出典:Zion Market Research)
 
 

LGBTQ+市場:5.4兆円

・人口:推定274万人(総人口の2.2%)(出典:電通、2020年調査)
・購買力:5.4兆円(出典:電通ダイバーシティ・ラボ、2020年)
・特徴:DINK世帯が多く、ライフスタイル関連への支出が活発
 
 

シニア市場:100兆円超

・人口:3,640万人(総人口の29%)(出典:総務省統計局、2021年)
・市場規模:2025年に100兆円突破予測(出典:みずほ銀行産業調査部)
・構成:要介護層1割、中間層8割、富裕層1割
 
 

外国人市場:約10兆円

A. 在日外国人市場:約2兆円
・人口:376万人(2024年末、過去最多)(出典:出入国在留管理庁)
・推定年間消費:約2兆円(日本人平均消費の約8割と推定)
・成長:3年連続で過去最多を更新中
 
B. インバウンド市場:8.1兆円
・2024年訪日客数:3,687万人(過去最高)(出典:観光庁)
・消費額:8.1兆円(2024年、過去最高)(出典:観光庁)
・一人当たり支出:22.7万円(日本人の3倍以上)(出典:やまとごころ.jp)
 
合計:約129兆円の多様性市場。これは日本のGDP(約540兆円)の約21%、スイスやオランダのGDPに匹敵する巨大市場です。



企業が選択できる2つのアプローチ

企業が多様性市場に参入する際、大きく2つのアプローチが考えられます。

DEIに焦点を当てて製品・サービスを開発する

・インクルーシブデザイン:すべての人が使いやすい製品設計
・ターゲット特化型:特定セグメント向け専用商品・サービス
・支援技術開発:アクセシビリティを高める技術革新
 

DEIに焦点を当てたCX・マーケティングを展開する

・多言語対応:スタッフ配置、デジタル翻訳
・アクセシビリティ改善:物理的・デジタル環境の整備
・カルチャル・コンピテンシー:多様な文化的背景への理解と対応
・広告・マーケティング:DEIを重視したコミュニケーション

 

先行事例

海外の先進企業はDEIをイノベーションやブランド価値の源泉として捉えており、すでに以下のような先行事例があります。

製品・サービス開発型

OXO:グリップ改良キッチン用品
関節炎患者でも使いやすい滑り止めグリップを開発し、1991年以降年平均30%の成長率を実現。インクルーシブデザインの先駆的事例
 
Fenty Beauty:40色ファンデーション
従来の美容業界では軽視されていた深い肌色に対応した40色展開で、発売40日で1億ドルの売上を達成

 

CX・マーケティング型

This American Life:音声コンテンツ字幕化
ポッドキャスト全アーカイブの字幕提供により、聴覚障害者にリーチしSEO効果で検索流入が6.86%向上し、ユニークビジターが4.18%増加
 
Nike:"You Can't Stop Us"インクルーシブマーケティング
多様性を重視したマーケティングキャンペーンにより、46%の消費者が購入意向を示し、インクルーシブ広告の効果を実証

 

ハイブリッド型

Mattel:Barbieインクルーシブ戦略
多様な肌色・体型・職業のバービー人形開発と、インクルーシブなマーケティング戦略で、2015-2022年に売上63%増を実現
 
Target:アクセシビリティ改善
WCAG準拠のWebサイト・アプリ開発と「アクセシビリティフィルター」機能で、障害者向け商品検索を実現
*上記webサイトではZendesk、Headspace、Instagram、Patreon、BBCの事例も確認できます。



価値創造型DEI の実践ロードマップ

フェーズ1:市場選択(3〜6ヶ月)

 

1-1. 多様性市場の機会分析

多様性市場の機会を分析し、自社リソースと市場機会のマッチングを行い、ターゲット市場を設定します。
 
・自社事業との親和性評価(障害者・LGBTQ+・シニア・外国人市場)
・競合他社の対応状況調査
・市場規模と成長ポテンシャルの定量評価

 

1-2. アプローチの決定

3つのアプローチから方向性を検討し、短期・中期・長期の参入戦略を策定します。
 
・製品・サービス開発型:インクルーシブデザイン、特化型商品開発、支援技術開発
・CX・マーケティング型:アクセシビリティ向上、多言語対応、文化的配慮、DEI重視のコミュニケーション
・ハイブリッド型:両アプローチの組み合わせ

 

フェーズ2:パイロット施策の開発・実行(6〜18ヶ月)

2-1. 施策の開発

人間中心デザインプロセスを用いて施策を開発します。
 
・ユーザー調査とニーズ・ギャップの分析
・アイデア創出〜コンセプト策定
・プロトタイプの作成とテスト

 

2-2. 効果測定の方法・しくみの構築

実行後の効果を測定する方法・しくみを構築します。
 
・多様性顧客の満足度測定
・売上・利益への貢献度追跡
・ブランドイメージ向上の定量評価

 

フェーズ3:市場浸透とブランド価値向上(1〜3年)

3-1. 市場浸透

短期・中期・長期の参入戦略に沿って、市場浸透・拡大を図ります。
 
・継続的改善プロセスの確立
・製品・サービスの改善・拡充
・チャネル・パートナー企業との連携/エコシステム構築
 

3-2. ブランド価値の最大化

対外的な露出・発信を強化し、ブランド価値の最大化を図ります。
 
・社会貢献ストーリー: 多様性支援の取り組み発信
・メディア露出: CSR・ESG観点での評価向上
・企業価値向上: 投資家・ステークホルダーからの評価改善
 
 
 

おわりに:DEI は最大の未開拓市場

日本企業のDEI停滞は構造的な課題ですが、企業はDEIをCSR(企業の社会的責任)ではなく、P&L(損益計算書)に直結する事業戦略として捉えることができます。多様性を支援する取り組みは社会に価値をもたらし、それが直接的に企業価値向上につながります。
 

ESG投資の拡大

多様性への取り組みは投資家評価を向上させます 。

社会的インパクト

真のインクルージョンは社会課題解決に貢献し、企業の社会的意義を高めます。

持続可能な成長

多様性市場は人口動態の変化により長期的に拡大し続けます。
 
これは理想論ではありません。129兆円という巨大な市場が、DEIに戦略的に取り組む企業を待っています。社会価値創造とビジネス成長を両立させる、価値創造型DEIによる戦略的アプローチが、日本企業の競争力強化と社会貢献の新たな道筋となります。

 


 
参考文献・出典
 
障害者市場関連
・総務省統計局「障害者の状況」(2022年)
・日本財団「世界における障害者の数13億人。いま必要なビジネスリーダーの条件」(2021年)https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2021/62338
 
LGBTQ+市場関連
・電通「2020 LGBTQ+調査」(2021年)
・The Japan Times「At 6.6 trillion yen, gay, lesbian market no small niche」(2007年) https://www.japantimes.co.jp/news/2007/04/10/business/at-6-6-trillion-yen-gay-lesbian-market-no-small-niche/
 
シニア市場関連
・総務省統計局「高齢者の人口」(2021年)
・ウーマンズラボ「2025年の高齢者市場は101兆円」(2024年)
 
外国人市場関連
・出入国在留管理庁「令和6年6月末現在における在留外国人数について」(2024年)https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00047.html
・nippon.com「2024年末の在留外国人376万人」(2025年)
・観光庁「インバウンド消費動向調査」(2024年)
・日本経済新聞「インバウンド消費8兆円で過去最高」(2025年) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1467L0U5A110C2000000/
 
グローバルデータ関連
・World Economic Forum「Driving disability inclusion is a business imperative」(2023年) https://www.weforum.org/stories/2023/12/driving-disability-inclusion-is-more-than-a-moral-imperative-it-s-a-business-one/
・LGBT Capital「Global LGBT Market Statistics」

 

Written by Hideaki Shirane

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