ほぐれるCX
CXにまつわる様々なテーマをほぐしながら、実践につながる考察をお届けします。
なぜ動物の利他的行動に心を動かされるのか
テレビで母ゾウが迷子の子ゾウを群れに連れ戻す映像を見て、思わず胸が温かくなった経験はありませんか。イルカが溺れた仲間を支えて水面まで運ぶ姿に、感動を覚えたことはないでしょうか。
こうした動物の利他的行動に私たちが心を動かされるのは、単なる偶然ではありません。実は、これは人間に備わった深い性質と関係があります。
こうした動物の利他的行動に私たちが心を動かされるのは、単なる偶然ではありません。実は、これは人間に備わった深い性質と関係があります。
人間に備わったプロソーシャルモチベーション
心理学では、他者や社会全体の利益を重視し、それらのために行動しようとする動機を「プロソーシャルモチベーション」と呼びます。この動機は、古代から人間社会に存在していたと考えられます。
ハンムラビ法典には社会的弱者を保護する条項があり、世界の主要な宗教や哲学も、他者への慈悲や利他的行動を中核的な教えとしてきました。つまり、他者を思いやり、支援したいという気持ちは、人間の本質的な特性だと言えます。
動物の利他的行動を見て幸せな気持ちになるのも、私たち自身の中にあるプロソーシャルモチベーションが共鳴しているからでしょう。種を超えた共感を感じることで、「善性」や「協力」が生物界に共通する価値であることを無意識のうちに感じ取っているのかもしれません。
ハンムラビ法典には社会的弱者を保護する条項があり、世界の主要な宗教や哲学も、他者への慈悲や利他的行動を中核的な教えとしてきました。つまり、他者を思いやり、支援したいという気持ちは、人間の本質的な特性だと言えます。
動物の利他的行動を見て幸せな気持ちになるのも、私たち自身の中にあるプロソーシャルモチベーションが共鳴しているからでしょう。種を超えた共感を感じることで、「善性」や「協力」が生物界に共通する価値であることを無意識のうちに感じ取っているのかもしれません。
プロソーシャルモチベーションとCX
CXにおいても、プロソーシャルモチベーションは重要な役割を果たしています。
本当に優れたCXは、単に顧客を満足させるだけでは終わりません。顧客に幸せな気持ちになってもらい、それを通じて従業員自身も幸せな気持ちになります。従業員が「自分の仕事が誰かの役に立っている」「お客様の生活を豊かにしている」と実感できるとき、プロソーシャルモチベーションが活性化されます。その結果、より心のこもったサービスが生まれ、顧客にとっても従業員にとっても幸せな体験が創出されるのです。
本当に優れたCXは、単に顧客を満足させるだけでは終わりません。顧客に幸せな気持ちになってもらい、それを通じて従業員自身も幸せな気持ちになります。従業員が「自分の仕事が誰かの役に立っている」「お客様の生活を豊かにしている」と実感できるとき、プロソーシャルモチベーションが活性化されます。その結果、より心のこもったサービスが生まれ、顧客にとっても従業員にとっても幸せな体験が創出されるのです。
幸福学が教えてくれること
慶應義塾大学の前野隆司教授の幸福学研究によると、人間の幸福には「やってみよう!」「ありがとう!」「なんとかなる!」「あなたらしく!」という4つの因子があります。
ここで注目すべきは「ありがとう!」因子です。これは他者とのつながりや利他性に関わる要素で、プロソーシャルモチベーションと深く関連しています。研究では、他者への親切行為や利他的行動が個人の幸福度を高めることが一貫して示されています。
興味深いことに、この効果は「与える側」により顕著に現れます。ボランティア活動に参加した人、寄付をした人、同僚を手助けした人は、受益者以上に幸福感が向上することが複数の研究で確認されています。また、この幸福感は金銭的な報酬による一時的な満足感よりも持続性が高く、「やりがい」や「生きる意味」といった深いレベルでの充実感をもたらすことも明らかになっています。つまり、人は他者に貢献することで幸せになれるだけでなく、その幸せは長続きするということです。この知見は、CXデザインにおいて重要な示唆を与えてくれます。顧客に価値を提供し、顧客の幸福に貢献できたとき、提供者側もより深い満足感を得られる構造を作ることで、持続可能で相互利益的な関係性が築けるのです。
ここで注目すべきは「ありがとう!」因子です。これは他者とのつながりや利他性に関わる要素で、プロソーシャルモチベーションと深く関連しています。研究では、他者への親切行為や利他的行動が個人の幸福度を高めることが一貫して示されています。
興味深いことに、この効果は「与える側」により顕著に現れます。ボランティア活動に参加した人、寄付をした人、同僚を手助けした人は、受益者以上に幸福感が向上することが複数の研究で確認されています。また、この幸福感は金銭的な報酬による一時的な満足感よりも持続性が高く、「やりがい」や「生きる意味」といった深いレベルでの充実感をもたらすことも明らかになっています。つまり、人は他者に貢献することで幸せになれるだけでなく、その幸せは長続きするということです。この知見は、CXデザインにおいて重要な示唆を与えてくれます。顧客に価値を提供し、顧客の幸福に貢献できたとき、提供者側もより深い満足感を得られる構造を作ることで、持続可能で相互利益的な関係性が築けるのです。
「快楽の踏み車」を避ける
ここで気をつけるべき落とし穴があります。それは「快楽の踏み車」と呼ばれる現象です。
従来のマーケティングでの割引セール、ポイント制度、SNSキャンペーン、インフルエンサーマーケティングなどは一時的な幸福感を与えることはできても、顧客はすぐに慣れてしまい、より強い刺激を求めるようになります。これでは持続的な幸福感は得られません。
提供する側も同様の罠に陥っています。キャンペーンで売上が伸びると一時的な達成感を味わいますが、その効果が薄れると前回を上回る刺激的な企画を考えなければならなくなります。割引率を上げ、ポイント還元を増やし、より派手なイベントを仕掛ける。こうしたエスカレートする競争の中で、マーケティング担当者は疲弊し、本来の目的を見失っていきます。顧客は「もっと安く、もっとお得に」を求め、提供者は「もっと刺激的に、もっと話題性を」と追いかける。両者が互いを刺激し合いながら、誰も本当の幸福感を得られない悪循環、つまり「快楽の踏み車」を回している状態です。
幸せのCXは、こうした一時的な快楽提供ではなく、顧客の長期的な幸福や成長を考慮したものであるべきです。顧客の人生にとって本当に価値のあるものを提供することで、顧客は深い満足感と成長を実感でき、提供者も「売上を上げた」という表面的な達成感ではなく、「誰かの人生を豊かにしている」という本質的な喜びと誇りを感じることができます。こうして両者が共に成長し、持続可能で意味のある関係性を築くことを目指します。
自覚的でない人が陥りがちなパターン
残念ながら、多くの人は「他者や社会との関わりの中でこそ真に満たされる」ことに自覚的ではありません。その結果、以下のようなパターンに陥ってしまうことがあります。
・競争や比較ばかりに注力してしまう
・短期的な個人的利益を優先してしまう
・孤立感や虚無感に悩まされる
これは個人だけでなく、企業においても同様です。競合他社との比較や短期的な売上向上ばかりを追求していると、企業としても幸せから遠ざかってしまう可能性があります。
・競争や比較ばかりに注力してしまう
・短期的な個人的利益を優先してしまう
・孤立感や虚無感に悩まされる
これは個人だけでなく、企業においても同様です。競合他社との比較や短期的な売上向上ばかりを追求していると、企業としても幸せから遠ざかってしまう可能性があります。
これは個人だけでなく、企業においても同様です。競合他社との比較や短期的な売上向上ばかりを追求していると、企業としても幸せから遠ざかってしまう可能性があります。
幸せのCXの姿
真の幸福追求には「利他性」や「つながり」の重要性を理解し、意識的にそれらを育むことが必要です。これこそが、CXの理想的な姿なのかもしれません。
・顧客の長期的な幸福や成長を第一に考える
・従業員が「誰かの役に立っている」実感を持てる仕組みを作る
・競争ではなく、共創や協力の価値観を大切にする
・短期的利益よりも持続可能な関係性構築を重視する
こうしたアプローチによって、顧客も従業員も、そして社会全体も幸せになれるようなCXが実現できるのではないでしょうか。
・顧客の長期的な幸福や成長を第一に考える
・従業員が「誰かの役に立っている」実感を持てる仕組みを作る
・競争ではなく、共創や協力の価値観を大切にする
・短期的利益よりも持続可能な関係性構築を重視する
こうしたアプローチによって、顧客も従業員も、そして社会全体も幸せになれるようなCXが実現できるのではないでしょうか。
おわりに
私が住んでいる奈良県生駒市に、チロル堂という小さな駄菓子屋があります。
入口で子どもたちが100円を入れてガチャガチャを回すと、店内通貨「チロル札」が1~3枚出てきます。1枚のチロル札は店内で100円の価値があります。100円が100円以上の価値になるという「まほう」がかかるのです。この仕組みを支えるのは、大人たちです。チロル堂で大人が飲食や買い物をすると、その代金の一部が寄付され、子供たちの「チロル」になります。
子どもにとってはワクワクと安心が同時に味わえる体験であり、大人にとっては「誰かの役に立てた」という温かな実感を得られる場です。こうして地域の人々が支え合い、感謝が循環する「まほう」が、ここでは当たり前のように続いています。
入口で子どもたちが100円を入れてガチャガチャを回すと、店内通貨「チロル札」が1~3枚出てきます。1枚のチロル札は店内で100円の価値があります。100円が100円以上の価値になるという「まほう」がかかるのです。この仕組みを支えるのは、大人たちです。チロル堂で大人が飲食や買い物をすると、その代金の一部が寄付され、子供たちの「チロル」になります。
子どもにとってはワクワクと安心が同時に味わえる体験であり、大人にとっては「誰かの役に立てた」という温かな実感を得られる場です。こうして地域の人々が支え合い、感謝が循環する「まほう」が、ここでは当たり前のように続いています。
参考文献
アダム・グラント(2014年)『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』楠木建 監訳 三笠書房
前野隆司(2013年)『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』講談社現代新書
チロル堂:https://www.tyroldo.com/
アダム・グラント(2014年)『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』楠木建 監訳 三笠書房
前野隆司(2013年)『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』講談社現代新書
チロル堂:https://www.tyroldo.com/
Written by Hideaki Shirane
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