2023.03.02
Blog|ベルガンティによる「デザイン経営」のワークショップ②~デザイン経営導入プロセスについてあるべき姿~
「デザインの階段」とのメタファーは使えるか?
前回、5月17-18日に開催されるロベルト・ベルガンティによる「デザイン経営」のワークショップを企画するに至った背景について書きました。
そのなかでベルガンティが「ドイツのボッシュで使われているデザインマネジメント手法が日本の企業に参考になるかもしれない」とコメントしたと話しました。どういう意図で彼は、このような言葉を残したのでしょうか?
ボッシュでは各部署でのデザインの普及を、いくつかの指標をもって定期的にチェックしているようです。ドイツの規律を重んじるメンタリティに合っているアプローチとも言えそうです。ベルガンティは、この規律を重視しながらデザインを導入する気質が日本の企業にも多いのではないか?と言いたかったのです。
デザインの本来の性格からすると、指標をもってデザインの普及度を測るのは矛盾です。定性的であれ、定量的であれ、指標を設定すること自体が「デザイン的な考え方とは文化が合わない」のです。「意匠としてのデザイン」「プロセスとしてのデザイン」「戦略としてのデザイン」と、よく引用されるデンマークのデザインセンターによるデザインの活用を階段に喩える「デザインの階段」というコンセプトがあります。
イタリアで長くデザインと関わるビジネスをしてきた私の目からすると、意匠と戦略は統合されていると考えるイタリアのビジネスパーソンが多く、階段というメタファーには無理があると感じることがあります。つまり、デザイン普及の度合いや地域の文化によって「話し方を変える」必要があるのです。したがって、ドイツ企業での「話し方」と日本企業での「話し方」に近いものがあってもおかしくありません。
デザインのアプローチは多様だが、それぞれ適用する範囲には限りがある
但し、です。だからといって、この矛盾するデザインの捉え方が「正解」あるいは「正統」と思うのはやはり適切ではないです。あくまでも、あるところで使い勝手の良さを優先する限定的な捉え方であるとの認識はあった方がよいです。万能のアプローチなどあるはずがないのは前提として、いろいろな切り口を使いながら、デザインの活用に励むのは良いことです。
そのうえでデザインの神髄を徐々に理解しながら、自分のなかのデザイン象をアップデイトしていくことで、デザインについて自分の言葉で話せるようになります。それは、多分、先に述べたような指標とは違う意味とニュアンスのデザイン理解になっているはずです。この自分の言葉でデザインについて語れる人が多い組織が「デザイン経営」と称されるに相応しいと思います。
さて、今回のワークショップで取り上げる4つ、「スタイルやUXとしてのデザイン」「デザイン思考」「意味のイノベーション」「テクノロジー・エピファニー」の目指す方向は、いくつかに代表されます。
モノや電子機器のユーザーインターフェースで使われるデザインは使い勝手や市場での目を惹くことに力点がおかれ、デザイン思考ではモノゴトの改善や問題解決のために活用されたりします。意味のイノベーションは、事業や商品開発における目的地の変更に向いています。テクノロジー・エピファニーは、意味のイノベーションに先端テクノロジーを追加することで、テクノロジーのイノベーションに圧倒的な存在感を付与します。
それぞれの分類に大雑把なプロフィールを記しましたが、もちろん、もっと多彩な解釈があります。また、お互いに重なり合いもします。しかし、少なくとも「〇〇を狙うなら、これ」という目安であります。それによって見当違いのアプローチに「ないものねだり」は避けられます。あるアプローチに対して「この手法ではイノベーションに繋がらない」という声ばかりが聴こえてきますが、多くは「ないものねだり」です。
デザインを統合的に扱い、かつ経営的な価値を見いだす
前回、マネージャー/リーダークラスの方が経営層にデザインの必要性を説明し、納得してもらえないことを悩みとして抱えていると記しました。
問題は何でしょう?個々によって事情は異なるにせよ、大きくいえば、「事業イノベーション」「組織変革」「経営層にとっての価値」が三位一体となっていないからではないでしょうか?
デザインのいくつかあるアプローチを適切な状況と目的で使い分けることが重要な一方、それぞれのアプローチを統合する「もう一つの眼」が十分に機能していないのかもしれません。いわゆるチーフ・デザイン・オフィサー(CDO)なり、クリエイティブ・ディレクターという役割が重用される話が多いです。だが、逆にいえば、デザイン的なプロジェクトベースの組織になりきっていない証拠ではないか?とも言えます。
実は、ベルガンティはこの点をしつこくせめています。「CDOが事業の意味のイノベーションまではできた。さて、組織変革や経営面の価値まで踏み込めているのか?」を問うのです。要するに経営組織全体のリフレーミングを最終目標にしているかどうかを見ています。
ここで一つのエピソードを話しましょう。ベルガンティがストックホルム経済大学に着任したその年、修士課程の学生たちにイノベーションやリーダーシップを学んでもらうに彼が提案した課題は「君たち自身で、イノベーションやリーダーシップを学ぶカリキュラムを作ってみてくれ」というものです。教師が想定したシナリオでカリキュラムを組んで学生に教えるのではなく、学生たちが学ぶ当事者として何を学ぶべきかを考えていくことが第一歩なのです。
昨今、リーダーシップとはヒエラルキーのあるオーガニゼーションにおける命令系統で指揮する資質を指すのではない。そうではなく、より好奇心を発揮して、「これはどうやってやればいいのだろう?みんなで考えてみないか?」と声をかけられる人だ、とはよく言われます。ベルガンティが修士課程でセットしている環境はまさしく、その実験の場です。そして、ハーバードビジネススクールでの集中コースも同様の方針に基づいています。
オーダーメイドにデザインを導入していく
ここまできて、冒頭のボッシュのデザイン経営を入口のひとつの参考としながら、そこからの展開が鍵であることがお分かりいただけると思います。企業によっては、指標の導入というレベルで足踏みをされているかもしれません。あるいは、指標の導入などという矛盾ははなから避け、一気にラディカルなデザイン導入を図ろうとして大きな壁にぶち当たっているかもしれません。
まずは、基本的なデザインアプローチを再度整理しなおし、その目的を再確認したうえで、どのように三位一体を実現していくか?のプロセスをイメージしていくことが出発点になると思います。しかし、企業によって事情や風土は大きく異なりますから、このプロセスをイメージしていくにあたり、一律の合理的な方法はないはずです。よって、参加者の方たちと個別にベルガンティが相談にのっていきます。
論理的な部分と非論理的な感情に絡む部分、その両方を見据えながら、オーダーメイドの
デザイン導入プロセスを一緒に作っていければと願っています。
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安西 洋之
モバイルクルーズ株式会社/De-Tales ltd. ミラノ/東京。 最新著書『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』(共著)『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』、監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。 訳にエツィオ・マンズィーニ『日々の政治』
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