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2026.05.15

Series|近未来小説:気候の変化を乗りこなす生活者たち—#05(健康が社会的な指標となった時代)



#05_健康が社会的な指標となった時代
 

このブログは、近い将来、気候の変化に対応しながら生活を送る皆さんの物語です。
環境問題はもはや「意識すべき対策」を超え、「全ての前提となる適応すべき変化」となりました。
今回は、12の未来シナリオから
健康が社会的な指標となった時代」に焦点をあてたショートストーリーをお届けします。
 
 

ウェルネス・スコア ~健康が社会的な指標となった2033年の地方都市~

 
朝6時、田中の目覚ましが鳴った。
スマートフォンを手に取り、ウェルネス・スコアを確認する。「86.5」。昨日と同じだ。
 
30歳の田中は、地方の予防医療クリニックで内科医として勤務している。2033年、気候変動が激化し、猛暑や新型ウイルス、大気汚染が日常化した社会で、予防医療の重要性はかつてないほど高まっていた。

ウェルネス・スコアは、個人の生体データから算出される健康指標だ。スコアはプロフィールとして、会員登録や申し込み、履歴書に記載するまで普及している。
しかし、このシステムのおかげで、病気になる前に医療が介入できるケースが飛躍的に増えた。AIが個人のデータを分析し、リスクを予測する。医師はそのデータをもとに、患者一人ひとりに最適な予防策を提案できる。
 
田中自身、このシステムの恩恵を実感していた。規則正しい生活、適度な運動、バランスの取れた食事。AIのアドバイスに従うことで、健康を維持できている。何より、患者を救えているという実感が、仕事へのやりがいにつながっていた。
 
#05
 
クリニックに到着すると、今日最初の患者、52歳の山田さんが待っていた。
「先生、また来ました。」
山田さんは三ヶ月前、AIの予測で軽度の心疾患リスクが検出された患者だった。当時、本人は自覚症状がなかったが、詳しい検査で初期の異常が見つかり、生活習慣の改善と投薬で重症化を防げた。

「調子はどうですか?」
「おかげさまで。スコアも78まで上がりました。先生のアドバイスのおかげです。」
 
山田さんの表情は明るかった。以前は健康管理に無関心だったが、今では主体的に食事や運動に気を配るようになっている。

「素晴らしいですね。今年の夏も記録的な猛暑が予想されていますが、熱中症リスクのアラート機能は設定しましたか?」
「はい。スマートウォッチが危険な時は教えてくれるようになってます。」

気候変動による健康被害、特に熱中症は深刻な問題だ。しかしウェアラブルデバイスとAIの組み合わせで、リスクの高い時間帯を避けたり、水分補給のタイミングを最適化したりできる。実際、この数年で熱中症による救急搬送は減少傾向にあった。
 
 
午後、休憩室で同僚の佐藤さんがニュースをスマートフォンで読んでいた。
「ああ、田中先生。政府が低所得層向けのウェルネス支援制度を発表したらしいですよ。」
田中は差し出された画面を覗き込む。確かに、スコア維持が困難な低所得者への補助金制度が発表されていた。
「でも、補助金の条件が厳しすぎて、本当に必要な人に届かないかもしれないって批判も出てるみたいですねぇ......」
佐藤さんは少し眉をひそめた。田中もうなずき、
「確かに、制度設計が実情とズレてる気がする。うちのクリニックにも、経済的理由でケアを受けられない患者さんがいるけど、この条件だと対象外になりそうですもんね。」
「じゃあ、あまり意味ないですかね?」
「いや、でも動き始めたこと自体は重要だと思いますよ。それに、民間も動いてるって。さっき大手デバイスメーカーが、低価格版のウェアラブルを開発してるという記事を見ました。」
 
佐藤さんの表情が明るくなる。
「本当ですか!まあでも、官民連携って、最後は私たち現場が実情を理解して動かないと、うまくいかないですよね。」
「そうですね。政府も製薬会社もクリニックもデバイスメーカーも。みんなで協力してもっと良いシステムにしたいですね。」


夕方、勤務を終えた田中は、友人たちとジムで軽く運動した。仕事の話、プライベートの話。笑いながら汗を流す時間が、田中にとって大切な息抜きだった。

帰宅後、シャワーを浴びてスコアを確認するとスコアは「87.8」。少し上がっていた。
窓の外を見る。夕暮れの空が、オレンジ色に染まっていた。

システムは完璧ではない。まだ課題も多い。でも、確実に改善されている。政府も、民間も、医療現場も。それぞれが動き始めている。
田中は明日の診療スケジュールを確認しながら、小さく微笑んだ。
 
 

 

気候変動の未来を創造するために

気候変動が激化する社会で、私たちの体はこれまで以上に過酷な環境にさらされています。個人の健康が社会全体で守られる時代は、すぐそこまで来ているのかもしれません。

今回のテーマである「健康が社会的な指標となった時代」をはじめ、【気候変動時代における未来シナリオブック】では、12個の厳選された気候変動適応の兆し(シグナル)と、そこから導かれる具体的な市場の可能性(未来シナリオ)をペアで詳しく解説。気候変動をどのような視点でとらえ、どのような発想をもとに商品戦略を構築していくか、具体的な取り組みイメージを提供しています。

小説の背景となったシグナルの詳細や、その他の兆しに興味を持っていただけた方は、ぜひ読んでみてください。

 


❙ Written by: Satoshi Kageyama, Mina soma
 

【連載】 Series|近未来小説:気候の変化を乗りこなす生活者たち
 

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