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2026.07.24

Blog|SignalsFromTheField_Issue02_ Mexico



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変化は、いつも大きなニュースとして現れるわけではありません、
それは、バーのメニューの中に現れます。SNSで拡散される何気ない言葉の中に、あるいは、ほとんど誰にも気づかれないまま通過していく規制や技術の中に。
『Signals from the Field』Issue 02 をお届けします。 一つの国を、一つずつ。 私たちは、これからも現場を見続けます。
 
 

 

W杯が注目を集める一方で、メキシコでは別の変化が起きている。


いま、世界中の視線がメキシコに集まっています。
カナダ、アメリカ、メキシコの3か国共催による2026 FIFAWの開催により、メキシコシティは世界の舞台となりました。独立記念塔(Ángel de la Independencia周辺にはファンゾーンが設けられ、何十万人もの人々が街へ繰り出し、国全体が世界に向けて「メキシコらしさ」をリアルタイムで発信しています。

それが、いま世界中のカメラが映し出しているメキシコです。
しかし、私たちが見ていたのは、そのさらに奥にある変化でした。

メキシコと聞くと、多くの人はタコスやマリアッチ、鮮やかな色彩、陽気で情熱的な文化を思い浮かべるでしょう。
しかし、今回紹介するシグナルが示しているのは、それよりもずっと複雑な姿です。

いまメキシコ社会では、
グローバル化、気候変動、そして国家による文化や社会の方向づけという大きな力に向き合いながら、人々が自らの文化、土地、音楽、食をどのように守り、変え、再定義していくのかを模索しています。
この特集の背景にある「地盤」の話

この特集を理解するうえで、ぜひ知っておきたい事実があります。
20265月に公開されたNASANISAR衛星の観測データによると、メキシコシティの一部では年間約25センチ(約10インチ)もの地盤沈下が確認されました。これは世界の大都市でも最も深刻な水準の一つであり、長年にわたる地下水の過剰な汲み上げが主な原因とされています。

もともとメキシコシティは湖の上に築かれた都市です。その湖底の地盤が、ゆっくりと本来の姿へ戻ろうとしているのです。
この地質的な現象は、今回紹介するすべてのシグナルの背景に静かに存在しています。
都市そのものが大きな圧力を受けている場所では、人々の文化もまた、切迫感を持ち、自らの意思を強く表現し、「いつか」ではなく「今」行動しようとする傾向が生まれます。
それでは、注目すべき4つのシグナルをご紹介します。




 
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YouTubeチャンネル「@Quinientos55」の動画より。メキシコのアーティスト、フアン・ガブリエルが映っている。
 

WHAT

メキシコの“非公式W杯応援ソング”は、大会公式アルバムの楽曲ではありませんでした。
街中やファンゾーンで自然と歌われていたのは、30年以上前のクンビア(中南米の音楽)である「La Chona」や「Payaso de Rodeo」、「El Sonidito」、そしてJuan Gabrielの「Hasta Que Te Conocí」などでした。
これらの楽曲は、スポンサーや大会運営が選んだものではなく、人々が自発的に歌い、広めたことで「応援歌」となっていったのです。

唯一の新曲が「Esto es México」です。
この曲は、大会直前に当時まだ無名だったDJの自宅制作によって制作されました。しかしその楽曲は急速に広まり、メキシコ大統領のClaudia Sheinbaumは「今大会で一番好きな曲」と公言しています。さらにGianni Infantinoは、その制作者をスタジアムへ招待し、功績を称えました。
自宅の小さなスタジオで生まれた一曲が、やがて国民的アンセムへと成長したのです。
 
 

PATTERN

これは、トップダウンのブランディングよりも、市民が生み出した文化が支持される時代を象徴する事例です。
広く支持された楽曲には、大きく二つの特徴があります。
 ・何十年も歌い継がれてきた定番曲(=「懐かしさ」がアイデンティティを支える)
 ・SNSやアルゴリズムを通じて自然発生的に広まった新しい楽曲(=フィードが文化を選ぶ)

共通しているのは、どちらも政府や企業、FIFAなどの組織が選んだものではないという点です。選んだのは、群衆でした。政府との距離感が決して単純ではないメキシコ社会において、この現象は単なる音楽トレンドではありません。
それは、「メキシコらしさを誰が決めるのか」という文化的・政治的な意思表示でもあります。
スポンサーが用意したブランドイメージではなく、人々が集まる広場(プラザ)が、自分たちの国の「音」を選び、世界へ発信したのです。
 
 

SPECULATION

もし、これが大規模市場における新しい「文化的権威」の形だとしたらどうでしょうか。
大きなイベントによって人々の感情が一つになる瞬間には、公式キャンペーンやライセンス楽曲、企業が用意したブランドメッセージよりも、人々が自然に選び、広めたものが支持される。それが新しいスタンダードになるかもしれません。そうなると、多額の費用をかけてスポンサー契約や著名人とのタイアップを行う企業にとって、大きな問いが生まれます。
本当に人々の心を動かす「一曲」は、事前にお金で手に入れることはできず、後になって初めて「これだった」と気づくものではないか。
 

ビジネスへの示唆

エンターテインメント、旅行、食品、ブランド戦略に携わる企業にとって、このシグナルが示しているのは、「信頼や共感(レジティマシー)はどこから生まれるのか」という変化です。その源泉は、企業や行政などの**トップではなく、市民やコミュニティといったボトム**へと移りつつあります。
そのため、これからのブランドは、新しい文化を無理に「つくる」ブランドよりも、すでに人々の間で生まれている文化を見つけ、育て、広げる“キュレーター”として振る舞うブランドのほうが、より強い支持を得る可能性があります。

企業に問われるのは、次の問いです。
あなたの組織は、人々を一方的にリードするためにつくられているのか。
それとも、人々の動きを素早く読み取り、その流れに寄り添い、ともに価値を育てられる組織なのか。
 
 
 
 
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『Vogue』のためにヴァレリア・アユソが制作した、ラテンアーティストのフォトモンタージュ。
  

WHAT

「コリードス・トゥンバドス(Corridos Tumbados)」と呼ばれる音楽ジャンルが、メキシコの若者文化を席巻しています。
これは、メキシコの伝統的なバラード「コリード」と、トラップやヒップホップを融合させた新しい音楽スタイルで、グアダラハラ出身のPeso Plumaが代表的なアーティストです。彼はSpotifyで月間4,290万人以上のリスナーを持ち、このジャンルは現在Spotifyの「Música Mexicana(メキシコ音楽)」の再生数の約77%を占めています。
一方で、その歌詞には麻薬、銃、忠誠心といったテーマが多く含まれることから、社会的な議論も巻き起こしています。
 
政府はこの動きに対し、メキシコ32州のうち10州で「ナルココリード(麻薬を題材にした音楽)」の公共イベントでの演奏を禁止。さらに連邦政府は「México Canta」というコンテストを立ち上げ、より健全な価値観を発信する新しい音楽ジャンルの育成を開始。そのPRには、コリードス・トゥンバドスの人気アーティストであるJunior Hまで起用しました。
つまり、政府は規制するだけでなく、自ら新しい文化をつくろうとしているのです。
 
 

PATTERN

ここで起きているのは、「政府が文化をつくろうとする力」と、「人々が文化を選ぶ力」の真正面からの衝突です。
政府は単に規制を行っているだけではありません。自分たちが望む価値観を持つ新しい音楽を生み出そうとし、さらには規制対象でもある人気アーティストをその取り組みに巻き込もうとしています。

しかし、この戦略が本当に新しい文化を生み出すのか、それとも逆に規制対象の音楽をさらに魅力的にしてしまうのかは、まだ分かりません。歴史を振り返れば、多くの場合、規制された文化ほど若者の支持を集める傾向があります。
さらに重要なのは、この音楽がアメリカとメキシコの国境を越えて広がっていることです。
 
メキシコ国内だけでなく、アメリカに暮らすメキシコ系Z世代にも同時に支持され、「メキシコらしさ」の新しい形を国境を越えて再定義しています。その流れは、どの政府の政策よりも速いスピードで広がっています。
 
 
 

SPECULATION

もしコリードス・トゥンバドスが、国家よりも強い影響力を持つ、初めての「国境を越えた文化アイデンティティ」になったとしたらどうでしょうか。
文化は政策よりも速く国境を越え、人々の共感や帰属意識を形成していく。そのとき、音楽を愛する生活者と、それを規制したい政府や制度の間に立つ企業やプラットフォームは、どのような判断を迫られるのでしょうか。

 

ビジネスへの示唆

エンターテインメント、メディア、そして国境をまたいで事業を展開する消費財ブランドにとって、このシグナルは重要な示唆を与えています。
コリードス・トゥンバドスは、文化が法律や国家、既存の制度という「器」を超えて成長していくときに何が起こるのかを示す先行事例と言えます。つまり、企業が注目すべきなのは「音楽」そのものではなく、その音楽を支持する若者たちの価値観やライフスタイルです。
 
このコミュニティを理解している企業は、次にどのような文化が広がるのか。若者は何に共感し、何を消費するのか。アメリカ大陸全体でアイデンティティがどのように変化していくのかを、競合よりも早く読み解くことができるでしょう。
 
このシグナルは、文化はもはや国単位で動くものではなく、「コミュニティ単位」で世界へ広がる時代が到来していることを示しています。

 

 
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ミシュランガイドのウェブサイトに掲載されている、バハの「Carmelita Molino y Cocina」の写真。


WHAT

2026年版ミシュランガイドは対象地域を拡大し、初めてハリスコ州、プエブラ州、ユカタン州のお店を掲載しました。
今回評価を受けたレストランは、ヨーロッパから取り入れた高度な調理技術を披露するのではなく、メキシコ固有の食文化に根ざした取り組みを評価されています。
ハリスコ州のXokolでは、使用するトウモロコシをすべてミルパ(Milpa)と呼ばれる伝統的な混植農法で育てられたものから調達しています。
バハ・カリフォルニア州のCarmelita Molino y Cocinaでは、メニュー全体をトウモロコシ(maíz)を中心に構成し、使用する食材の90%を地元で調達しています。
現在、メキシコには11軒のミシュラン・グリーンスター認定レストランがあります。
ミシュランガイドは、その理由として
「新しい世代のシェフたちが、メキシコの食文化のアイデンティティを再定義している」
と述べています。
 
 

PATTERN

メキシコのファインダイニングでは、評価の基準が明確に変化しています。これまで重視されてきたのは、「シェフが食材に対して何ができるか(技術)」でした。
しかし現在は、「シェフがどの食材を守ることを選ぶのか(産地・由来)」へと重心が移っています。在来種のトウモロコシ、自家製のニシュタマリゼーション、生物多様性、在来種の種子──これらは今や高級レストランにおける新たな価値の象徴となっています。
 
また、「Anti-Maseca(アンチ・マセカ)」という考え方も広がっています。これは、何十年もの間メキシコの家庭で広く使われてきた工業製造のトウモロコシ粉「Maseca」を使わないという姿勢です。その選択は単なる食材選びではなく、価値観を示す意思表示となっており、その考え方をミシュランも評価しています。「食の主権(Food Sovereignty)」が、静かに新しいステータスになりつつあるのです。
 
この流れは、すでに北欧、日本、ペルーの料理界でも起きてきました。そして今、メキシコも同じ流れに入りつつあります。ただし、それは他国を模倣するのではなく、メキシコ自身のやり方で進められているのです。

 
SPECULATION
もし、「産地由来(provenance)そのものが価値や格式(prestige)になる」という動きが世界的にさらに加速し、メキシコの伝統的な食材が、ラグジュアリー食品・美容・ウェルネスブランドが競って採用する次のカテゴリーになったとしたらどうなるでしょうか。
そのとき、そのサプライチェーンを誰が握るのでしょうか。在来種の種子を守るコミュニティと、すでに関係を築いているのは誰なのでしょうか。そして、本当に「本物の調達(authentic sourcing)」とは何を必要とするのでしょうか。一方で、マーケティング目的で「本物」と呼ばれているものとは、何が違うのでしょうか。
 

ビジネスへの示唆

食品・美容・ウェルネス業界の企業にとって、このシグナルが示す機会は、「メキシコ風(Mexican-inspired)」というポジショニングではありません。
重要なのは、在来の生物多様性を守る地域コミュニティと、真正なサプライチェーン上の関係を築くことです。この流れが主流になる前に動き出したブランドは、後から参入するブランドがお金で買おうとしても簡単には手に入れられない信頼性(credibility)を築くことができるでしょう。

 
 
 
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Satellite image showing Mexico sinking.
 

WHAT

2026年5月に公開されたNASAのNISAR衛星データによると、メキシコシティの一部では地盤が1か月あたり約0.8インチ(約2cm)、年間では9.5インチ(約24cm)以上沈下していることが明らかになりました。その原因は、地下水(帯水層)の過剰な汲み上げです。人口2,200万人を抱えるメキシコシティは、かつて湖だった土地を干拓して建設された都市であり、その地盤の下では地下水の過剰利用が続いています。
 
現在、水資源の専門家たちは、雨水の利用(Rainwater Harvesting)は、単なる行政の個別施策ではなく、「ライフスタイル」として定着させる必要があると主張しています。つまり、水の管理を行政や公共インフラ任せにするのではなく、各家庭が自ら責任を持つ文化へと転換すべきだという考え方です。
また、これと並行して、都市周辺部のアスファルト舗装を撤去し、雨水が地下へ浸透して帯水層を再び満たせるようにすることで、洪水の発生を抑えようとする取り組みも進められています。

 

PATTERN

メキシコシティの水問題は、静かではあるものの、構造的な転換を迎えています。
これまで水問題は、大規模なインフラ整備によって解決すべき課題として捉えられてきました。しかし現在では、人々の行動や家庭レベルでの文化の変化によって解決すべき課題へと、その捉え方が変わりつつあります。これは重要な変化です。なぜなら、この動きは、気候変動の影響を受ける世界中の都市で共通して見られる、より大きなパターンと重なっているからです。
つまり、資源の問題(resource problem)が、価値観の問題(values problem)へと変化する瞬間です。
そして、解決策は政府が建設するものではなく、市民一人ひとりが日々の暮らしの中で実践するものへと変わっていきます。
 
水は今、公共サービス(utility)からアイデンティティへ、そしてインフラからライフスタイルへと位置づけを変えつつあります。これは、かつてエネルギー、食、廃棄物(ごみ)がたどってきた変化と同じ流れです。

 

SPECULATION

もし、水が今後10年間を代表する新たなライフスタイルのカテゴリーとなり、2010年代において「食」や「ウェルネス」が人々の価値観を表現するプラットフォームとなったのと同じ役割を果たすようになったら、どうなるでしょうか。

そのとき、水と日常の行動、そして家庭のアイデンティティが交わる領域に、すでにポジションを築いている企業はどこなのでしょうか。また、アジアの都市、とりわけ同様の課題に直面しつつある東京の一部地域では、このような価値観の転換が訪れるまで、あとどれくらいの時間的猶予(runway)が残されているのでしょうか。
 
 

ビジネスへの示唆

モビリティ、建設、食品、消費財業界の企業にとって、水はもはや単なる資源制約(resource constraint)ではありません。商業的な意味を持つ新しい文化カテゴリーになりつつあります。
水を単なるエンジニアリングやインフラの課題としてではなく、人々の行動やアイデンティティの問題として捉える企業は、この変化がまだ危機として顕在化していない市場にも広がったとき、より有利な立場に立つことができるでしょう。
 
 
 
これらは、ある一つの国の、ある一つの時点で捉えた4つのシグナルです。
 
W杯期間中のメキシコは、自国のアイデンティティを世界に向けて最大限に表現している状態にあります。
そして、そのようなときこそ、その華やかな表現の裏側で起きている変化やシグナルは、どこを見るべきかを知っていれば、最も読み取りやすくなります。
 
地面は沈み続けています。トウモロコシは守られています。スタジアムで流れる「サウンドトラック」は、人々自身によって選ばれました。そして、次のコリード(Corrido)は、すでに誰かによって書かれています。誰の承認も得ることなく。
 
私たちは、これからも注視し続けます。
 
もし、このレポートを読んで違和感を覚えたり、好奇心を刺激されたり、あるいはその両方を感じたりしたのであれば、それはおそらく、このテーマを考え始めるための最適な出発点です。

メキシコで急速に変化する社会や市場について、さらに深く知りたい方、あるいは他の市場についても同様の視点で探究したい方は、ぜひ私たちにご連絡ください。
私たちは、それを仕事として探究しています。

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