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2026.10.02

Series|近未来小説:変わる暮らしの新しいかたち—#02(速すぎる時代の「断る」仕事)



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このブログは、近い将来に訪れるかもしれない日常を描く、近未来小説シリーズです。
世界各地で生まれている「変化の兆し(シグナル)」を起点に、そこから導かれる未来の暮らしを描いています。
 
今回は、生成AIによってもたらされる「AIエージェントが人間の処理速度を超えてしまった社会」
に焦点をあてたショートストーリーをお届けします。
 
 


🌐 Read in English
 

速すぎる需要の時代の、「断る」という仕事

 
月見坂商店街の総菜店「たなか」は、朝六時に油が温まる。
店主の田中義昭は口が悪くて手が早く、信条は「作ったもんは食わせたい」。廃棄が大嫌いだ。
 
柏木澪は店頭で接客しながら、オンライン注文の受付処理も担当している。毎朝その日に作れる量を決め、機械に「ここまで」と宣言する役目だ。厄介なのは"幽霊注文"だった。AIエージェントが保険をかけて複数の店に同時注文を入れ、確保できた分以外を無断でキャンセルする結果、誰も取りに来ない品だけが残る、というものだ。店には、誰も受け取りに来なかった唐揚げが積み上がる。

「捨てるくらいなら全部、俺が食うからな。」
「そんなこと言って、先月から3キロ太ったって言ってたじゃないですか。」
 「......うるせえ。」
 
10時、澪は店の端末に〈未受取率〉の項目を足した。取りに来なかった率を容量宣言に載せ、常習のAIエージェントを受付の最後尾へ回す仕組みだ。機械には機械の言葉で「ノー」を言う。ただし三社目は、今日も宣言を無視して注文を流し込んでくる。——その時、固定電話が鳴った。

 「もしもし……コロッケ、3つお願いできますかね。」
 「はい。お名前を教えてください。」
 
澪は帳面に鉛筆を走らせる。これが「人間枠」だ。1日10食だけ、電話か対面でしか受け付けない注文枠を、多くの店が残している。固定電話から注文するAIエージェントはまだ無い。ここだけは、人間の領分のはずだったのだ。
 
16時50分、また電話が鳴る。
 「三浦です。唐揚げ20個、まとめてお願いします。」
 
 聞き慣れたしゃがれ声に、澪の頬が緩んだ。十年来の常連だ。けれど、胸の奥がすっと冷えた。相槌が、きれいすぎる。三浦さんは、いつも「ええと」から入る人なのに。
 「今日はお加減、いかがですか。」
「ええ、元気です。ありがとうございます。」
 
 澪は受話器を握り直した。怒りより先に、恐れが来た。風邪で声が違うだけの、本物の三浦さんだったら? 断るのは、いつだって怖い。
 「先週、店の前で転んだのは誰でしたか?傘を貸したのは?」
 一拍、二拍、 返事がない。ちょうど陽が陰り、自動照明が夜用に切り替わった。合成音声は、この時間にいちばん遅れる。
 「……その件は、確認します。」
 
確信と同時に、苦いものが喉に上がった。前の職場で澪が磨いていたのは、まさにこういう滑らかな声で受け答えすることだった。受話器の向こうに、昔の自分が立っている。
 
「人間枠は、お顔を見せてくださる方のための席なんです。三浦さん、またお店まで来てくださいね。」
通話は礼儀正しく切れた。
 
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指が少し震えていた。勝った気はしなかった。田中が黙って湯呑みを置き、澪はようやく息をついた。厨房には、幽霊注文によって唐揚げが折り重なり山になっていた。澪は店先に木札を立てる。「余りもの、配ります」。配り先は商店街の「フードロス・レスキューリスト」に載った家で、連絡は電話と黒板のアナログ方式で行う。

最初に来たのは、裏のこども食堂の人と、一人暮らしの老人たちだった。列の真ん中に、祖母の千代子もいた。「並ぶの久しぶり」と誰かが笑う。田中は無言で唐揚げを袋に詰め、一つ多く入れた。千代子は熱いコロッケを両手で包み、「待つのも、案外悪くないね」と、澪に微笑んだ。

列の最後には三浦さんが並んでいた。
 「ええと……澪ちゃん、うちの電話、なんか変でねえ......。」

 澪は思わず笑った。

「私、三浦さんの『ええと』が大好きなの。」
 
 

 

暮らしの変化は、新しい市場

こうした暮らしの変化は、フィクションの中だけの話ではありません。
たとえば、夏に日傘をさす男性が増え、コンビニやドラッグストアには、経口補水液がずらりと並ぶようになりました。意識していないだけで、気候の変化は、私たちの過ごし方や買うものを、すでに少しずつ変えています。
 
今回のテーマである「AIエージェントが人間の処理速度を超えてしまった社会」は、既に実際に起こっている出来事です。mctでは、このような様々な未来の兆し(シグナル)を常に収集しています。
小説の背景となったシグナルの詳細や、その他の兆しに興味を持っていただけた方は、ぜひこちらのブログもお読みください。
 

また、こうして人々の行動が変われば、新しく求められる商品やサービスも生まれます。そんな変化、とりわけ気候変動への適応から生まれる新しい市場を私たちは「40℃エコノミー」と呼んでいます。

2026年8月7日(金)には、気候変動がもたらすビジネス機会をテーマにしたワークショップを開催しました。国立環境研究所 気候変動適応センターの砂川淳氏を招いた講演や、新しい商品・サービスのアイデアを考える体験プログラムを実施しました。

物語の先にある「これからの暮らし」を、ビジネスの視点から考えてみたい方は、イベントレポートを下記URLからご覧ください。
 


❙ Written by: Satoshi Kageyama, Mina soma
 

【連載】 Series|近未来小説:変わる暮らしの新しいかたち
―#01 (熱波時代の、身軽な住居)
―#02 (速すぎる需要の時代の、「断る」という仕事)
―#03 (comingsoon) 

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