2025.12.19
Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ第2回―デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装

組織行動の推進力を価値創造に変換する
CX経営を「企業変革のOS」として機能させる「5つの力」。その第二の力である「デザインの力」は、顧客の真のニーズを理解し、それを体験として具現化する組織能力です。第一回で解説した「組織行動の力」が生み出した推進力を、具体的な顧客価値へと変換する装置として機能します。「デザインの力」の本質は、顧客インサイトに根ざした価値創造を可能にすることです。顧客の行動の裏にある感情や、その奥にある価値観や意味を理解する。この深い理解なしに、真の価値創造は不可能です。
「デザインの力」は、第1回で解説した「組織行動の力」によって、組織全体の意思決定と行動の起点が顧客価値に移っていることを前提に発揮されます。そして、この力を一部のデザイナーの専門領域としてではなく、部門横断での価値創造プロセスとして実装します。人間中心デザインの方法論を組織の共通言語とし、部門横断での協働を促進することで、顧客インサイトに根ざした革新的な体験を継続的に生み出すことが可能になります。これがCX経営における「デザインの力」実装の考え方です。
「デザインの力」は、第1回で解説した「組織行動の力」によって、組織全体の意思決定と行動の起点が顧客価値に移っていることを前提に発揮されます。そして、この力を一部のデザイナーの専門領域としてではなく、部門横断での価値創造プロセスとして実装します。人間中心デザインの方法論を組織の共通言語とし、部門横断での協働を促進することで、顧客インサイトに根ざした革新的な体験を継続的に生み出すことが可能になります。これがCX経営における「デザインの力」実装の考え方です。
深い顧客理解を実現するアプローチ
顧客を真に理解するには、表層的な行動データを超えて、その奥にある動機や感情、そして人生における意味まで理解する必要があります。
観察できる行動から、見えない動機へ
多くの企業は「顧客が何をしたか」という行動データの分析に留まっています。購買履歴、クリック率、滞在時間。これらは重要ですが、行動の「理由」は教えてくれません。
真の顧客理解は、3つのレベルのゴールを明らかにすることがポイントになります。
真の顧客理解は、3つのレベルのゴールを明らかにすることがポイントになります。
エンドゴール:具体的に得たい結果、達成したいこと
「必要な情報を素早く見つけたい」「得したい」といった、具体的な目標です。これは明らかな場合もありますが、顧客がはっきり自覚していないこともあります。
エモーショナルゴール:どんな気持ちになりたいか
「安心したい」「認められたい」「ワクワクしたい」といった、感情的な充足です。人は具体的な目標の奥にある感情的な満足を求めて行動します。
ライフゴール:どんな自分でありたいか
「良い親でありたい」「社会に貢献したい」「自分らしく生きたい」といった、人生における深い願望です。これは製品やサービスを超えて、顧客の人生の文脈で意味を持ちます。
これら3つのゴールは階層的に関連しています。ライフゴールという大きな方向性の中で、エモーショナルゴールという感情的な満足を求め、それを実現するための具体的なエンドゴールが設定される。この構造を理解することで、顧客の行動の本質が見えてきます。

多様な手法を組み合わせた統合的理解
この深い理解を得るには、単一の調査手法では不十分です。目的に応じて適切な手法を組み合わせます。
行動観察とエスノグラフィー
顧客の実際の文脈で、言語化されない行動や感情を理解
デプスインタビュー
1対1の深い対話を通じて、顧客自身も気づいていない動機を探索
セルフドキュメンタリー
顧客自身に体験を記録してもらい、リアルタイムの感情や思考を把握
投影技法(ZMET等)
メタファーや画像を使って、言葉にできない深層心理を引き出す
コ・クリエーションセッション
顧客と一緒に理想の体験を創造し、潜在ニーズを発見
例えば、家事代行サービスの顧客理解において、行動データでは「週2回利用」と分かっても、それだけでは不十分です。デプスインタビューで「時間を作りたい」というエンドゴールが分かり、さらに深く聞くと「子供との時間を過ごす幸福感」というエモーショナルゴール、そして「良い親でありたい」というライフゴールが見えてきます。この理解があって初めて、単なる「掃除サービス」から「家族の時間を創出するパートナー」へと価値提案を進化させることができます。
部門横断での価値創造:デザインプロセスが組織の壁を壊す
従来、デザインは商品企画部門やマーケティング部門の一機能として位置づけられていました。
しかし、CX経営における「デザインの力」は、組織横断での協働を促進する「共通言語」として機能します。
なぜ部門横断が成功確率を上げるのか
CXイノベーションの機会は、特定部門の管轄領域に限定されません。
むしろ、部門間の「隙間」や「連携部分」に大きな機会が潜んでいます。
顧客価値は、製品、サービス、オペレーション、ビジネスモデル、パートナーシップなど、複数のリソースが組み合わさったシステムとして生み出されます。例えば、Amazonは、ECサイトの使いやすさだけでなく、物流システム、レコメンデーションエンジン、プライム会員制度、マーケットプレイスなど、複数の要素が統合されたエコシステムとして機能することで顧客価値を生み出しています。
このような体験システムは、一部門の視点ではデザインできません。営業は顧客との対話から課題を理解し、オペレーションは実現可能性を判断し、財務は収益モデルを検証し、ITはデジタル化の可能性を探る。多様な専門性が融合することで、単一部門では想像もできなかった革新的な顧客体験が生まれます。
だからこそ、部門横断のチームを編成することが重要です。多様な視点から顧客価値創造の可能性を探索し、組織の総合力を結集することで、競合が模倣できない独自の体験システムの構築を目指します。
このような体験システムは、一部門の視点ではデザインできません。営業は顧客との対話から課題を理解し、オペレーションは実現可能性を判断し、財務は収益モデルを検証し、ITはデジタル化の可能性を探る。多様な専門性が融合することで、単一部門では想像もできなかった革新的な顧客体験が生まれます。
だからこそ、部門横断のチームを編成することが重要です。多様な視点から顧客価値創造の可能性を探索し、組織の総合力を結集することで、競合が模倣できない独自の体験システムの構築を目指します。
共通の方法論による協働の実現
部門横断でのデザインを成功させるには、全員が理解し実践できる共通の方法論やツールが必要です。
ダブルダイヤモンドプロセス
「発散→収束→発散→収束」という4つのフェーズで構成されるプロセスを実践します。
問題の発見:顧客理解を深め、解決すべき問題を探索
問題の定義:真の問題を特定し、デザイン課題を設定
解決策の発見:多様なアイデアを創出し、プロトタイプを作成
解決策の実装:解決策を洗練させ、実装計画を策定
問題の発見:顧客理解を深め、解決すべき問題を探索
問題の定義:真の問題を特定し、デザイン課題を設定
解決策の発見:多様なアイデアを創出し、プロトタイプを作成
解決策の実装:解決策を洗練させ、実装計画を策定

デザイン思考ワークショップ
各フェーズで、インサイト分析、カスタマージャーニーマッピング、アイデエーション、プロトタイピングなど、部門横断チームによるワークショップを実施して推進します。
共通ツールキット
ペルソナ、カスタマージャーニーマップ、CXイノベーションキャンバス、ブランド体験デザインキャンバスなど、共通ツールを用意し、議論と合意形成を促進します。

ファシリテーターとしてのデザイナーの役割
この部門横断プロセスにおいて、デザイナーの役割は「美しいものを作る専門家」ではなく、「価値創造プロセスのファシリテーター」です。
デザイナーは、多様な専門性を持つメンバーの知見を引き出し、統合し、具体的な体験として形にする役割を担います。
また、プロトタイプという「触れる仮説」を作ることで、抽象的な議論を具体的な検討へと進化させます。これにより、部門間の認識のズレが早期に発見され、建設的な対話が促進されます。
デザイナーは、多様な専門性を持つメンバーの知見を引き出し、統合し、具体的な体験として形にする役割を担います。
また、プロトタイプという「触れる仮説」を作ることで、抽象的な議論を具体的な検討へと進化させます。これにより、部門間の認識のズレが早期に発見され、建設的な対話が促進されます。
ウォーターフォールからラピッドプロトタイピングへ
「デザインの力」を組織能力として定着させるには、従来のウォーターフォール型開発から、ラピッドプロトタイピングを中心とした反復型プロセスへの転換も不可欠です。従来の製品開発は、要件定義→設計→開発→テスト→リリースという直線的なプロセスでした。このアプローチでは、最終段階になって初めて顧客の反応が分かり、修正には膨大なコストと時間がかかります。失敗のリスクが高く、市場投入も遅れがちです。
ラピッドプロトタイピングは、この課題を解決します。「作りながら考える」アプローチにより、早期に顧客の反応を確認し、軌道修正を繰り返しながら完成度を高めていきます。
ラピッドプロトタイピングは、この課題を解決します。「作りながら考える」アプローチにより、早期に顧客の反応を確認し、軌道修正を繰り返しながら完成度を高めていきます。

リスクの最小化と学習の最大化
プロトタイピングの本質は「最も重要で不確実な仮説から検証し、失敗を通じて学習を最大化する」ことです。
最重要で不確実な仮説の検証
すべての仮説が等しく重要なわけではありません。事業の成否を左右する「クリティカルな仮説」から優先的に検証します。
・問題仮説の検証:顧客は本当にこの問題を抱えており、解決を望んでいるか?
・価値仮説の検証:提供する解決策は、顧客にとって十分な価値があるか?
・実現可能性の検証:技術的・運用的に実現可能か?
・収益性の検証:ビジネスとして成立するか?
最も不確実性が高く、かつ失敗時の影響が大きい仮説から検証することで、致命的な失敗を回避できます。最初に検証すべきは「問題仮説」です。解決策がどんなに優れていても、そもそも顧客が問題と感じていなければ価値は生まれません。
学習効率の最大化
プロトタイピングは単なる確認作業ではなく、積極的な学習プロセスです。
・仮説を明確にして検証:「顧客は○○に困っている」「だから△△を求めている」という仮説を立てる
・予想外の発見を歓迎:想定と異なる結果こそが、真のインサイトをもたらす
・失敗から顧客理解を深掘り:なぜ失敗したのかを分析し、顧客理解を深める
プロトタイピングを通じて「自分たちが考えていたこと」と「顧客の現実」のギャップを素早く発見し、そのギャップを最大の学習機会として価値創造につなげていきます。
・仮説を明確にして検証:「顧客は○○に困っている」「だから△△を求めている」という仮説を立てる
・予想外の発見を歓迎:想定と異なる結果こそが、真のインサイトをもたらす
・失敗から顧客理解を深掘り:なぜ失敗したのかを分析し、顧客理解を深める
プロトタイピングを通じて「自分たちが考えていたこと」と「顧客の現実」のギャップを素早く発見し、そのギャップを最大の学習機会として価値創造につなげていきます。
意味創造としてのブランド体験デザイン:ROXの実現
デザインの力のもう一つの重要な側面は、「デジタルセイムネス」を超えて、自社ならではのブランド体験を創造することです。多くのデジタルサービスが似たようなUIに収斂する中、真の差別化は「意味」のレベルで実現されます。
従来型ブランディングから意味共創型ブランディングへ
従来のブランディングは、企業が設定したイメージを消費者に向けて一方的に発信し、認知度や好感度という表層的な指標で評価していました。このアプローチでは顧客との深い関係構築には至りません。
新しいブランド体験デザインは、顧客の根源的ニーズの理解から始まります。企業と顧客が共に意味を創造する双方向的なプロセスを通じて、長期的な関係性を構築します。これは、共通の価値観に基づく協調や社会貢献を含む、より包括的なアプローチです。
新しいブランド体験デザインは、顧客の根源的ニーズの理解から始まります。企業と顧客が共に意味を創造する双方向的なプロセスを通じて、長期的な関係性を構築します。これは、共通の価値観に基づく協調や社会貢献を含む、より包括的なアプローチです。

短期ROIから長期ROXへの視座転換
この転換は、投資効果の測定方法にも影響します。従来のROI(Return on Investment)は、主に短期的な財務リターンを測定していました。しかし、意味共創型のブランド体験への投資効果は、ROX(Return on Experience)として、より長期的・多面的に評価する必要があります。
例えば、スターバックスの「サードプレイス」というコンセプトは、単なるコーヒー販売を超えて、顧客の生活における意味(居場所、つながり、自己表現)を共創しています。この投資効果は、短期的な売上だけでなく、顧客との長期的な関係性、ブランド価値の向上、さらには社会的インパクトとして現れています。
例えば、スターバックスの「サードプレイス」というコンセプトは、単なるコーヒー販売を超えて、顧客の生活における意味(居場所、つながり、自己表現)を共創しています。この投資効果は、短期的な売上だけでなく、顧客との長期的な関係性、ブランド価値の向上、さらには社会的インパクトとして現れています。
デザインシステムの構築:属人性を超えたデザイン能力
一貫性のある体験を継続的に生み出すには、個人のセンスに依存しない、属人性を超えたデザイン能力が必要です。
これを実現するのがデザインシステムです。
デザイン言語の確立
まず、ブランド体験のコンセプトを視覚的・言語的に表現する「デザイン言語」を確立します。これには以下の要素が含まれます。
デザイン原則
体験設計の判断基準となる3-5つの原則を定義します。例えば「シンプルで直感的」「温かみのある人間的」「驚きと発見がある」など、自社らしさを表現する指針です。
ビジュアルシステム
カラーパレット、タイポグラフィ、アイコン、レイアウトグリッドなど、視覚的要素の体系です。これらを詳細に定義し、ガイドライン化することで、一貫性のある体験を担保します。
インタラクションパターン
ナビゲーション、フォーム入力、エラー処理、アニメーションなど、顧客とのやり取りのパターンを標準化します。これにより、どの接点でも同じ操作感を提供できます。
トーン&マナー
文章の書き方、言葉遣い、コミュニケーションのトーンを定義します。フォーマルか親しみやすいか、専門的か分かりやすいか、といった方針を明確にします。
コンポーネントライブラリの構築
デザインシステムを実装レベルで支えるのが、再利用可能なコンポーネントのライブラリです。ボタン、カード、モーダル、フォームなどのUI要素を、デザインとコードの両方で標準化します。
まとめ:「デザインの力」が継続的な価値創造を可能にする
「デザインの力」は、顧客インサイトに根ざした価値創造を組織的・継続的に実現する能力です。深い顧客理解、部門横断での協働、意味創造としてのブランド体験、そしてデザインシステムによる組織能力化。これらが統合されることで、競合が模倣できない独自の顧客体験が生まれます。
重要なのは、デザインを特定部門の専門領域としてではなく、部門横断の価値創造プロセスとして位置づけることです。共通の方法論とツールを用いて部門の壁を越え、顧客の声に耳を傾け、プロトタイプによる仮説検証を通じて学習する。この継続的なサイクルが、組織のデザイン能力を高めていきます。
また、短期的なROIだけでなく、長期的なROXを重視することで、顧客との深い関係性を構築できます。意味のレベルで顧客と共鳴し、共に価値を創造していく。これが、真の差別化の源泉となります。
次回は、デザインされた体験を届けて改善サイクルを回す「オペレーションの力」について解説します。どんなに優れたデザインも、実行が伴わなければ絵に描いた餅です。測定を起点とする改善サイクルの確立により、約束した体験を確実に、そして継続的に向上させながら提供する仕組みを詳しく見ていきます。
重要なのは、デザインを特定部門の専門領域としてではなく、部門横断の価値創造プロセスとして位置づけることです。共通の方法論とツールを用いて部門の壁を越え、顧客の声に耳を傾け、プロトタイプによる仮説検証を通じて学習する。この継続的なサイクルが、組織のデザイン能力を高めていきます。
また、短期的なROIだけでなく、長期的なROXを重視することで、顧客との深い関係性を構築できます。意味のレベルで顧客と共鳴し、共に価値を創造していく。これが、真の差別化の源泉となります。
次回は、デザインされた体験を届けて改善サイクルを回す「オペレーションの力」について解説します。どんなに優れたデザインも、実行が伴わなければ絵に描いた餅です。測定を起点とする改善サイクルの確立により、約束した体験を確実に、そして継続的に向上させながら提供する仕組みを詳しく見ていきます。
本記事は『いちばんやさしいCX経営の教科書』(産業能率大学出版部)を基に、『CX経営は「企業変革のOS」ー 5つの力で企業は進化し続ける』でご紹介した「5つの力」を、CX経営OSの視点で解説するシリーズの第2回です。
書籍では、より詳細な実装方法と企業事例を紹介しています。
【連載】 Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ
―第1回 組織行動の力 - 顧客価値を起点とした企業変革基盤の構築
―第2回:デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装
―第3回:オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立
―第4回:デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化
―第5回:脱学習の力 - 変化に適応し続ける組織能力の獲得
―第2回:デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装
―第3回:オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立
―第4回:デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化
―第5回:脱学習の力 - 変化に適応し続ける組織能力の獲得
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Hideaki Shirane
株式会社mct CEO / ストラテジスト
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