2025.12.22
Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ第3回―オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立

CX経営を「企業変革のOS」として機能させる「5つの力」。その第三の力である「オペレーションの力」は、第一回で確立した「組織行動の力」(CXへの推進力)と、第二回で設計した「デザインの力」(顧客インサイトに基づく価値創造)を、現場で確実に、継続的に実現するための実行基盤です。
どんなに素晴らしいCXビジョンや革新的なデザインがあっても、それを現場でブレずに顧客に届け、継続的に改善できなければ、すべては「絵に描いた餅」に終わります。「オペレーションの力」の本質は、単なる効率化ではなく、顧客インサイトに根ざした「実行→測定→改善」のサイクルを組織全体で高速に回し続ける仮説検証能力にあります。
どんなに素晴らしいCXビジョンや革新的なデザインがあっても、それを現場でブレずに顧客に届け、継続的に改善できなければ、すべては「絵に描いた餅」に終わります。「オペレーションの力」の本質は、単なる効率化ではなく、顧客インサイトに根ざした「実行→測定→改善」のサイクルを組織全体で高速に回し続ける仮説検証能力にあります。
顧客体験を「点」ではなく「線」で捉えるジャーニーマネジメント
CX改善の最大の壁は「部門の縦割り(サイロ化)」
顧客体験(CX)は、マーケティング、営業、製品開発、カスタマーサービス、物流、経理など、あらゆる部門の活動の総体として生まれます。顧客は、企業側の組織図に合わせて体験を分割して認識してはいません。彼らにとって、体験は一連の流れ(ジャーニー)です。
しかし、多くの企業では、部門ごとに目標やKPIが設定されているため、各部門が自分の持ち場だけを最適化しようとします。
マーケティングは、WebサイトのUI/UXを洗練させ、認知度を高める。しかし、その後の配送が遅延したり、問い合わせ対応が不親切だったりすれば、顧客体験全体は台無しになります。
コンタクトセンターは、対応時間の短縮や顧客満足度の向上を目指して改善します。しかし、そもそもコンタクトセンターには、Webサイトでの情報不足や製品の不具合など、前のジャーニーで発生した「うまくいかなかったCX」が集まってきます。コンタクトセンターをいくら改善しても、問題の根本は解決しません。
このように、一部門の「点の改善」だけでは、部門間の「隙間」や「連携不足」によって体験が分断され、CXは向上しません。
しかし、多くの企業では、部門ごとに目標やKPIが設定されているため、各部門が自分の持ち場だけを最適化しようとします。
マーケティングは、WebサイトのUI/UXを洗練させ、認知度を高める。しかし、その後の配送が遅延したり、問い合わせ対応が不親切だったりすれば、顧客体験全体は台無しになります。
コンタクトセンターは、対応時間の短縮や顧客満足度の向上を目指して改善します。しかし、そもそもコンタクトセンターには、Webサイトでの情報不足や製品の不具合など、前のジャーニーで発生した「うまくいかなかったCX」が集まってきます。コンタクトセンターをいくら改善しても、問題の根本は解決しません。
このように、一部門の「点の改善」だけでは、部門間の「隙間」や「連携不足」によって体験が分断され、CXは向上しません。
ジャーニーマネジメント:顧客の視点でKPIをつなぐ
CX改善の真の効果を出すには、部門単位、接点単位ではなく、「知る」「検討する」「買う」「使う」「サポートを受ける」といった、顧客のジャーニーの単位で改善する必要があります。このアプローチを「ジャーニーマネジメント」と呼びます。
ジャーニーマネジメントでは、顧客体験を以下の3つの層で捉え、管理します。
ジャーニー全体
顧客との関係性全体、LTV(顧客生涯価値)に直結する長期的な関係
個別ジャーニー
「知る」「検討する」「買う」など、顧客が達成したいこと(エンドゴール)に辿り着くまでの体験
インタラクション(接点)
ウェブサイト、コールセンター、店舗、製品アプリなど、具体的なタッチポイント
「オペレーションの力」では、個々の接点の品質が、個別ジャーニーでの顧客のゴール達成にどのように貢献し、それがジャーニー全体での顧客との関係性(ROX)にどう貢献したのかをKPIでつなぎ、可視化します。これにより、組織全体でエンドツーエンドの体験全体を俯瞰しながら、全体最適の視点からボトルネックや改善機会を特定できるようになります。

サイロ化の壁を破る「小さく始める戦略」
CX改善の最大の障壁である部門の縦割りを一気に打破しようとするのは、現実的ではありません。そこで有効なのが「小さく始める戦略」です。
部門横断の改善サイクルを特定のジャーニーで確立する
まずは、全顧客接点を改善しようとするのではなく、顧客にとって意味のある単位である「個別ジャーニー」を一つ選定し、そこに絞り込みます。
この選定された個別ジャーニーに関わる全ての部門(マーケティング、営業、導入サポートなど)が集まり、部門を超えた共通の改善サイクルを回せるようにします。
ジャーニーオーナーの設置
選定されたジャーニーの「責任者(オーナー)」を任命し、部門を超えた権限と予算を与えることで、サイロ化を打破します。
共通目標の設定
第1回で解説した「ジャーニー完遂率」や「初期利用の成功指標」など、複数部門が共同責任を持つ目標(共通KPI)を設定します。
データ統合
当該ジャーニーにおける顧客の行動・認識・感情データを、関与する全部門で共有できる仕組みを確立します。
まずは小さな範囲で、データに基づく部門横断の改善サイクルを確立します。その成功体験と仕組みを段階的にカスタマージャーニー全体に広げていくことで、最終的に顧客体験を「点」ではなく「線」で管理するジャーニーマネジメントが可能になります。
クイックに仮説を検証するA/Bテストの活用
この「小さく始める戦略」では、A/Bテストなどの迅速な検証手法を積極的に導入します。選定された個別ジャーニー内、特にデジタル接点において、改善策(デザイン、メッセージ、プロセスなど)を複数のバージョン(AとB)で実行し、顧客行動や認識への影響を測定します。これにより、部門横断チームは、大規模な投資やリスクを負うことなく、どの改善策が最も効果的か(つまり、どの仮説が正しいか)を客観的なデータに基づき素早く判断できます。A/Bテストは、「実行→測定→改善」サイクルを現場に定着させるための、最も実効性の高いツールの一つです。商品に添付するサンクスカードや、包装資材、説明員のスクリプトなど、リアルな体験に応用することも可能です。
顧客インサイトに根ざしたCX改善フレームワーク
CX改善に目新しい魔法はありません。このサイクルの本質は、「実行→測定→改善(学習)」を通じて、仮説を検証し、より優れた仮説を立案して改善策を実行するプロセスを、組織のオペレーションとして仕組み化することにあります。つまり、現場でこのサイクルが確実に回るように仕組みを整えることこそが、CX改善の最も重要なポイントになります。
VoC(Voice of Customer:顧客の声)プログラムを導入する
全社的にCX改善を推進していくための「測定・学習装置」が、VoC(Voice of Customer:顧客の声)プログラムです。
組織がサイロ化し、情報が分断していると、「顧客の声」が部門ごとにバラバラに管理され、お客様の体験全体が誰にも見えない状態になってしまいます。 顧客は一つの会社と付き合っているのに、それぞれの部門は、自分たちが持っている情報だけを見て、バラバラに対応している。その結果、「また同じことを説明させられる」「前回話したことが伝わっていない」といった不満を生み、結果的にお客様は「自分の声は大切にされていない」と感じてしまいます。
組織がサイロ化し、情報が分断していると、「顧客の声」が部門ごとにバラバラに管理され、お客様の体験全体が誰にも見えない状態になってしまいます。 顧客は一つの会社と付き合っているのに、それぞれの部門は、自分たちが持っている情報だけを見て、バラバラに対応している。その結果、「また同じことを説明させられる」「前回話したことが伝わっていない」といった不満を生み、結果的にお客様は「自分の声は大切にされていない」と感じてしまいます。
VoCプログラムは、このような組織のサイロ化によるオペレーションの問題を打破し、CX改善サイクルを機能させるための「測定・学習装置」としての役割を果たします。
効果的なVoCプログラムは、以下の3つの機能を連携させることで成り立っています。
顧客の声を一元化し、継続的にCXの現状を測定する
アンケート、コールセンターへの問い合わせ、ソーシャルメディアでの言及など、これまで各部門で個別に管理されていたお客様の声を一元化します。収集した声を体系化された指標で整理・分析し、継続的にCXの現状を測定します。
インサイトを導き出し、使えるカタチで共有する
「顧客の声」から、インサイトを導き出し、優先順位をつけて整理します。経営層には戦略的な意思決定に必要な全体像を、各部門には具体的な改善につながる詳細な分析結果を提供します。
顧客にフィードバックし、ループを閉じる
声を収集するだけでなく、個別の問い合わせに迅速に対応し、全体的な改善について定期的な進捗報告を行うことで、お客様との継続的な対話を維持し、お客様に「自分の声は大切にされている」と感じてもらいます。
VoCプログラムの導入も、一度にすべての顧客接点を対象にするべきではありません。まずは「小さく始める戦略」で一つのジャーニーに絞り、成功体験を積み重ねながら広げていくのが効果的です。
CX改善のフレームワーク:実行→測定→改善
オペレーションの力で実現すべきCX改善のフレームワークは、以下の3ステップです。

このサイクルを回すためには、測定結果から「なぜ顧客の行動が変わった/変わらなかったのか」という「顧客インサイト」を得ることが極めて重要になります。 優れた顧客インサイトが、次の改善のためのより優れた仮説を生み出します。その仮説に基づく実行プロセスをデジタル技術によって自動化・標準化する仕組みとして定着させることで、改善サイクルが高速で回り始めます。
測定の核心:表面的なデータではなく「お客様の認識」を捉える
「顧客インサイト」を得るためには、測定の質が決定的に重要です。従来の測定は数値的な「行動データ」にとどまりがちでした。しかし、「オペレーションの力」では、顧客の認識や感情を捉え、そこから顧客インサイトを導き出すことが不可欠です。
測定すべき指標は、主に以下の3つの視点から構成されます。
実行した改善策:何をどのように変えたのか?
顧客の認識:お客様の気持ちや態度がどう変わったか?
顧客の行動:お客様の行動がどう変わったか?

重要なのは、お客様の認識です。単なる行動データ(クリック率など)は表層的な変化しか示しません。顧客が「簡単になった」「安心した」「信頼できた」という認識や感情の変化を捉えることで、なぜ行動が変わったのかというインサイトが得られ、より優れた仮説を導き出すことができます。
現場でブレずに価値を届け続ける実行基盤の確立
「オペレーションの力」は、現場で常に高い品質と一貫性をもって顧客価値を届け続ける実行基盤です。そのためには、以下の要素が不可欠です。
オペレーショナル・エクセレンスの追求
プロセスやシステムの継続的な見直しにより、エラーや顧客にとって意味のないムダを排除し、CXの基盤となる品質と効率を確保します。これは、コスト削減だけでなく、顧客の「努力」を減らすこと(CES改善)に直結します。
標準化とカスタマイズの最適なバランス
顧客体験の「コア」となる部分は、一貫性を保つために徹底的に標準化します(デザインシステムとの連携)。一方で、顧客の個別ニーズに対応すべき部分や、特別な顧客への対応は、現場の従業員に判断権限を与えることで柔軟なカスタマイズを可能にします。このバランスが、効率と感動の両立を生みます。
自動化と人的対応の最適な組み合わせ
「デジタルの力」(第4回で詳述)を活用して、定型的なタスクや情報提供を自動化し、人的リソースを「人ならではの価値」が求められる領域に集中させます。
例)
自動化:FAQ検索、チャットボットでの一次対応、ステータス通知など(顧客の「待つ」努力を排除)
人的対応:クレーム対応、複雑な相談、パーソナルなアドバイスなど(感情的な満足や深い関係構築が必要な場面)
すべてを自動化か人かで分けようとするのではなく、AIが人をサポートする、逆に人がAIをサポートする、といったAIと人の協働の視点が重要です。
例)
自動化:FAQ検索、チャットボットでの一次対応、ステータス通知など(顧客の「待つ」努力を排除)
人的対応:クレーム対応、複雑な相談、パーソナルなアドバイスなど(感情的な満足や深い関係構築が必要な場面)
すべてを自動化か人かで分けようとするのではなく、AIが人をサポートする、逆に人がAIをサポートする、といったAIと人の協働の視点が重要です。
継続的なトレーニングとスキル向上
CXスキル
共感力、課題解決能力、部門横断での協働スキルなどのトレーニングを継続的に実施します。
共感力、課題解決能力、部門横断での協働スキルなどのトレーニングを継続的に実施します。
権限委譲(エンパワーメント)
顧客満足のために現場で即座に判断・行動できる権限(Ritz-Carltonの事例など)を与えることで、従業員のモチベーションと顧客体験の質を向上させます。
まとめ:「オペレーションの力」が実現する継続的な進化
「オペレーションの力」は、CX経営OSにおける「実行・学習エンジン」です。
CXビジョンとデザインされた体験を「点」の活動で終わらせず、部門横断の「線」の活動として顧客に届け、その効果を「お客様の認識」まで深く測定します。そして、そこから得られたインサイトに基づいて次の改善を導き出す。この「実行→測定→改善」の高速サイクルを組織全体で確立することこそが、「オペレーションの力」の目的です。
CX改善の最大の挑戦である部門のサイロ化は、「小さく始める戦略」による改善サイクルの構築や、VoCプログラムの導入で克服できます。ジャーニーマネジメントを通じて、全体最適の視点から継続的なCX向上が可能になります。
人の力だけではCXの改善サイクルを高速で回すことはできません。次回は、「オペレーションの力」をスケールさせ、最適化する「デジタルの力」について解説します。デジタル技術の効果やその落とし穴について、詳しく見ていきましょう。
CXビジョンとデザインされた体験を「点」の活動で終わらせず、部門横断の「線」の活動として顧客に届け、その効果を「お客様の認識」まで深く測定します。そして、そこから得られたインサイトに基づいて次の改善を導き出す。この「実行→測定→改善」の高速サイクルを組織全体で確立することこそが、「オペレーションの力」の目的です。
CX改善の最大の挑戦である部門のサイロ化は、「小さく始める戦略」による改善サイクルの構築や、VoCプログラムの導入で克服できます。ジャーニーマネジメントを通じて、全体最適の視点から継続的なCX向上が可能になります。
人の力だけではCXの改善サイクルを高速で回すことはできません。次回は、「オペレーションの力」をスケールさせ、最適化する「デジタルの力」について解説します。デジタル技術の効果やその落とし穴について、詳しく見ていきましょう。
本記事は『いちばんやさしいCX経営の教科書』(産業能率大学出版部)を基に、『CX経営は「企業変革のOS」ー 5つの力で企業は進化し続ける』でご紹介した「5つの力」を、CX経営OSの視点で解説するシリーズの第1回です。
書籍では、より詳細な実装方法と企業事例を紹介しています。
【連載】 Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ
―第1回 組織行動の力 - 顧客価値を起点とした企業変革基盤の構築
―第2回:デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装
―第3回:オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立
―第4回:デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化
―第5回:脱学習の力 - 変化に適応し続ける組織能力の獲得
―第2回:デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装
―第3回:オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立
―第4回:デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化
―第5回:脱学習の力 - 変化に適応し続ける組織能力の獲得
-
-
Hideaki Shirane
株式会社mct CEO / ストラテジスト
- CX・顧客経験
- 組織デザイン
- インサイト
- グローバル
- 顧客中心
- ヘルスケア
- 患者理解
- 製薬
- サスティナビリティ
- 患者中心
- PPI
- PSP
- SDM
- ビジネスデザイン
- ペイシェント・セントリシティ
- イベント告知
- イノベーション
- デザイン思考
- 働き方
- DMN
- コ・クリエーション
- チームワーク
- セミナー
- 働き方改革
- ZMET
- エクスペリエンスデザイン
- futuredesign
- covid19
- エスノグラフィックリサーチ
- デザイン
- デザインリサーチ
- リモートコラボレーション
- ワークショップ
- 事業開発
- ソリューション
- カスタマージャーニー
- CXマネジメント
- オンラインワークショップ
- ギャップファインディング
- 従業員体験
- signal
- ブランディング
- 技術開発
- 101_design_methods
- フューチャーデザイン
- エンゲージメントデザイン
- サービスデザイン
- トレーニング
- メソッド
- シグナル
- 機会探索
- PlayfulNetwork
- マインドセット
- AI
- COM-B
- SDGs
- UIデザイン
- サーキュラーエコノミー
- フューチャー思考
- CSA Research
- UXデザイン
- mcTV
- プレイフル
- 事例
- 製品・サービス開発
- Forrester research
- フィールドワーク
- メタファー
- リフレーム
- Employeeexperience
- エフェクチュエーション
- カルチャーコード
- クルースキャン
- シグナル探索
- ビジネスデザインプログラム
- フレームワーク
- プロトタイピング
- CX4DX
- CultureMeetup
- PRO
- gamefulCX
- leadership
- mct labo
- お知らせ
- ゲームデザイン
- デザインスプリント
- トレンドリサーチ
- ビジネスモデル
- 映像編集
- MOT
- NELIS
- Remo
- インタラクションマップ
- デジタルエクスペリエンス
- デジタルツール
- バイアス
- ファシリテーション
- プロダクトジャーニー
- 学習
- LGBT
- wasedaneo
- インタビュー
- インプロ
- セルフドキュメンタリー
- デザインシステム
- デザイントレンド
- デザインマネジメント
- デジタル
- ベンチマークリサーチ
- リーダーシップ
- リーンスタートアップ
- ロードマップ
- 伴走型支援
- 創造性開発
- 動的安定性
- 反脆弱性
- 学習体験デザイン
- 市場調査
- 測定
- 用途開発
- 研修
- 経営戦略
- 調査設計
- 資本提携


