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2025.12.18

Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ第1回―組織行動の力 - 顧客価値を起点とした企業変革基盤の構築



CX経営の5つの力を解説第1回
 

顧客価値を起点とした組織行動への転換

 
CX経営を「企業変革のOS」として機能させる「5つの力」。その第一の力である「組織行動の力」は、CX経営OSの基盤となる最も重要な要素です。なぜなら、どれほど優れた戦略やテクノロジーがあっても、組織が一つの方向に向かって動かなければ、顧客にとって価値ある体験は生まれないからです。
 
従来の企業経営では、すべての活動が「企業の利益」から始まっていました。「どうすれば売上が増えるか」「どうすればブランド価値が上がるか」「どうすれば顧客を囲い込めるか」―これらはすべて企業側の都合で考えた問いです。しかし現在は、顧客が感じる価値こそが企業の成功を決める時代です。つまり、発想の出発点を180度転換する必要があります。「顧客はどんな成果を求めているか」「どんな体験に喜びを感じるか」「私たちとの関係にどんな意味を見出すか」―このような顧客の立場に立った問いから、すべての経営判断を始めるべきです。
 
企業起点と顧客起点
 
 

 

 

CXビジョン・CXガバナンス・CXカルチャーの3つの要素

組織行動の力は、CXビジョン、CXガバナンス、CXカルチャーという3つの要素から構成されます。これらは独立した要素ではなく、相互に影響し合いながら、組織全体を顧客中心へと導くシステムとして機能します。

CXビジョン:全社が目指す顧客価値の明確化
CXビジョンは、組織行動の方向性を定める羅針盤です。これは単なる理想論ではなく、自社のパーパス(存在意義)を顧客価値として明確に表現したものです。
 
優れたCXビジョンは、「自社ならではの顧客体験とは何か」「顧客のどんな課題を解決し、どんな喜びを提供するのか」を明確に定義し、全社員が共通認識を持てる様にする必要があります。CXビジョンは組織の北極星として組織にブレない軸を与え、一貫性のある顧客体験を生み出す源泉となります。
 

CXガバナンス:ビジョンを実行に移す仕組み

CXガバナンスは、CXビジョンを確実に実行するためのルールと仕組みです。制度的アプローチによって、部門を超えた行動を確実にする機能を果たします。
具体的には、CXOの設置と権限の明確化、経営会議でのCX指標の定期レビュー、部門横断の意思決定プロセス、顧客フィードバックの全社共有システムなどが含まれます。これらの仕組みにより、CXに関する意思決定が迅速かつ一貫性を持って行われるようになります。重要なのは、ガバナンスが官僚的な統制ではなく、顧客価値創造を加速するイネーブラーとして機能することです。

 

CXカルチャー:顧客中心が当たり前となる組織文化

CXカルチャーは、顧客中心の行動が組織の DNA として定着した状態です。これは内発的動機から生まれ、部門を超えた協力を自然に生み出します。
 
強固なCXカルチャーが根付いた組織では、顧客の成功を自分事として捉え、部門の壁を越えて協力することが当たり前になります。顧客からのフィードバックに真摯に耳を傾け、継続的な改善を楽しむマインドセットが共有されています。
 
 
 

3つの要素の時間軸と相互作用

CXビジョン、CXガバナンス、CXカルチャーは、それぞれ異なる時間軸で機能し、相互に強化し合います。
 
CXビジョンは中長期で固定されます。これは組織の存在意義(パーパス)に根ざした目指すべきCXの姿であり、簡単に変えるべきものではありません。ブレない軸があることで、組織は迷いなく前進できます。
 
CXガバナンスは短期的に調整されます。四半期ごと、あるいは年次でレビューを行い、効果的でない仕組みは改善し、新たな課題には新しいルールで対応します。この柔軟性により、変化する環境に適応しながらCXビジョンの実現を推進できます。
 
CXカルチャーは長期的に醸成されます。カルチャーの変革には時間がかかりますが、一度根付くと最も強力で持続的な推進力となります。制度(CXガバナンス)が行動を促し、その行動の積み重ねが文化(CXカルチャー)を形成し、強い文化が制度を超えた自発的な価値創造を生み出すという好循環が生まれます。
 


CXビジョン

 

 

制度と文化の両輪で動かす部門横断の協働

部門を超えた協働を実現するには、CXガバナンス(制度)とCXカルチャー(文化)の両輪が必要です。
 
CXガバナンスは制度から部門横断の行動を確実にします。評価制度にCX指標を組み込む、部門横断プロジェクトに予算と権限を付与するなど、構造的に協働を促進します。これらは比較的短期間で実装可能で、即効性があります。
 
CXビジョンやCXガバナンスは会社が決められますが、CXカルチャーは会社が一方的に決めることはできません。CXカルチャーは内発的動機から部門横断の行動を生み出します。顧客価値創造への情熱、チームとしての一体感、相互支援の精神などは、強制できませんが、最も持続的な協働の源泉となります。日々の行動の積み重ね、成功体験の共有、失敗からの学習を通じて徐々に形成されていきます。
 
重要なのは、制度と文化が相互に強化し合う関係を作ることです。優れた制度設計が望ましい行動を促し、その成功体験が文化として定着し、強い文化がさらなる協働を生み出すという正のスパイラルを作り出します。
 
 

短期成果と中長期価値を同時に追求する業績管理のフレームワーク

組織行動の力を実効性あるものにするには、短期的なCX改善と中長期的な関係価値構築を対立させず、同時に追求できる業績管理のフレームワークが必要です。多くの日本企業は、四半期決算の圧力と長期的な顧客関係構築の間でジレンマを抱えています。このジレンマを解消し、両方を実現する組織行動を生み出すことが、CX経営における業績管理の本質です。
 

時間軸を統合する評価のフレームワーク

従来の業績管理は、今期の売上・利益という短期成果に偏りがちでした。これでは、顧客との長期的な信頼関係を犠牲にしてでも、短期の数字を作る行動を誘発してしまいます。一方で、長期だけを見ていては、今期の業績が悪化し、組織の存続自体が危うくなります。
 
この課題を解決するため、「ROX(Return on Experience)」という概念を導入します。ROXは、従来のROI(Return on Investmentが測る短期的な財務リターンに加えて、顧客体験への投資がもたらす中長期的な価値を包括的に評価します。
具体的には、CX投資の効果を以下の時間軸で同時に評価します。

即効性のある成果(3-6ヶ月)
・顧客満足度の向上による解約率の低下
・オペレーション効率化によるコスト削減
・アップセル・クロスセルの増加、など
 
累積的な成果(1-2年)
・顧客生涯価値(CLV)の向上
・口コミ・推奨による新規顧客獲得コストの削減
・リピート率向上による収益の安定化、など
 
戦略的な成果(3年以上)
・ブランド価値の向上による価格プレミアムの実現
・エコシステムの中心となることでの新規事業機会
・人材獲得における競争優位、など
 
 
 

部門の協働を促す共通目標の設計

短期と中長期のバランスを取るだけでなく、部門間の協働を促進する目標設計も重要です。
 
従来の部門別KPIでは、各部門が自部門の短期目標を優先し、結果として顧客体験が分断されます。例えば、マーケティングはリードの獲得数を追求し、営業は成約率を上げ、カスタマーサービスは対応時間を短縮する。それぞれは最適化されても、顧客から見れば一貫性のない体験となってしまいます。
 
これを解決するため、複数部門が共同責任を持つ「共通目標」を設定します。
 
・顧客の成功指標:顧客が期待した成果を得られたか(営業・導入・サポートの共有KPI)
・ジャーニー完遂率:顧客が目的を達成するまでの全プロセスの成功率
・関係価値指標:NPS×継続率×利用頻度の複合指標、など
 

これらの共通目標を、例えば各部門評価の30-40%程度のウェイトで組み込むことで、部門の壁を越えた協働が自然に生まれます。

CX投資を正当化する予算配分の仕組み

短期成果への圧力が強い組織では、効果が見えにくいCX投資は後回しになりがちです。これを変えるには、予算配分の仕組み自体を変革する必要があります。
 

CX専用投資枠の設定

部門予算とは別に、例えば全社売上の1-3%程度を「CX投資枠」として確保します。この予算は短期ROIではなく、3年間のROXで評価し、部門横断的な改善施策に優先的に配分します。


投資効果の可視化と共有 

CX投資の効果を、財務指標だけでなく、顧客の声、従業員の変化、ブランド認知の向上など、多面的に可視化し、全社で共有します。成功事例が組織学習となり、次の投資への理解と支持を得やすくなります。
 

評価・報酬を通じた行動変容

個人と組織の評価・報酬制度においても、短期と中長期のバランスを反映させることが重要です。
 
基本的な考え方は、短期成果と中長期貢献を同等に評価することです。年次評価では両方の視点を組み込み、昇進判断では数年間の顧客価値創造実績を重視します。報酬体系も、即時的なインセンティブと、顧客関係の長期的価値向上に連動した報酬を組み合わせます。
 
また、金銭的報酬だけでなく、顧客からの感謝や成功体験を直接感じられる機会を創出することも重要です。これらの体験は、短期的なモチベーションと長期的な使命感の両方を醸成し、持続的な顧客価値創造への原動力となります。
 
このような業績管理のフレームワークを使って、短期の業績責任を果たしながら、同時に顧客との長期的な関係構築に投資する行動を取れるようにします。日本企業が伝統的に大切にしてきた「信頼に基づく長期的関係」と、グローバル競争で求められる「四半期ごとの成果」を両立させる、これがCX経営における業績管理の要です。
 
 

人材マネジメント:CX実現力を組織能力へ

組織行動の力のもう一つの重要な要素は、人材マネジメント全体を顧客志向に変革することです。
 

採用から退職までの一貫したCX人材戦略

採用段階では、顧客志向のコンピテンシーを明確に定義し、評価します。単なる経験やスキルではなく、共感力、協働姿勢、学習意欲などの行動特性を重視し、候補者のポテンシャルを見極めます。
 
オンボーディングでは、CXビジョンの理解と顧客接点体験を必須化します。どの部門の新入社員も、実際の顧客と接し、自分の仕事が顧客体験にどう影響するかを体感します。この「顧客の現実」の理解が、その後のキャリア全体の基盤となります。
 

パフォーマンス管理の再設計

評価制度を、個人成果中心から顧客成果中心へシフトします。

個人の業績評価に、顧客満足への貢献度、部門横断での協働実績、CX改善提案などを組み込みます。360度評価により、他部門からの評価も反映させ、サイロを越えた貢献を適切に評価します。

報酬体系も、短期的な個人成果だけでなく、チームでのCX成果、中長期的な顧客価値指標(CLV、継続率)と連動させます。マネージャーについては、部下のCXスキル向上や、部門間協働の促進も評価対象とします。
 

戦略的タレントマネジメント

CXリーダーの計画的育成を行います。高いポテンシャルを持つ人材を早期に特定し、顧客接点部門、企画部門、オペレーション部門など、カスタマージャーニー全体を経験してもらいます。

T型人材(深い専門性+幅広いCX理解)からπ型人材(複数の専門性+協働スキル)への進化を支援します。デザイン思考、データ分析、ファシリテーションなど、CXに必要な横断的スキルの習得機会を提供します。

サクセッションプランニングにおいても、CX実績を重要な選定基準とし、次世代リーダーが顧客中心の経営を実践できる体制を整えます。
 
 
EXとCXの統合:従業員体験が顧客体験を決定する
EXとCXはひとつのシステムとしてつながっています。EXの向上がCXの向上に直結します。


顧客体験サイクル

 

従業員への投資がCXの基盤

心理的安全性の確保は、すべての基盤です。心理的に安全な環境では、従業員は顧客のための革新的なアイデアを提案し、失敗を恐れず挑戦します。


自律性とエンパワーメントも重要です。現場の従業員に、顧客のために即座に判断・行動できる権限を与えることで、顧客の期待を超える体験を提供できます。Ritz-Carltonの「一人2,000ドルの決裁権」のような仕組みが、卓越した顧客体験を生み出します。


継続的な学習と成長の機会を提供することで、従業員は最新のCXスキルを習得し、変化する顧客ニーズに対応できます。社内大学、メンタリング、外部研修など、多様な学習機会を用意します。

 

従業員の声を経営に反映

定期的なパルスサーベイにより、従業員の声を収集し、EXの改善に活用します。従業員が感じている課題は、多くの場合、顧客も感じている課題と連動しています。

従業員からの改善提案を奨励し、実装する仕組みを作ります。現場の知恵を活かすことで、顧客体験の質が向上し、同時に従業員のエンゲージメントも高まります。
 
 
 

チームワークスキルとしてのCXカルチャー

強化部門を超えた協働を「待つ」のではなく、意図的に育成します。
 

協働スキルの体系的開発

共通言語の確立から始め、全社でCX用語を統一します。さらに、システム思考、デザイン思考、アジャイルなど、部門横断で活用できる方法論を共通スキルとして展開します。
 
ファシリテーション、コンフリクト解決、合意形成などのソフトスキルも組織的に強化します。これらのスキルにより、多様な視点を統合し、全体最適の解決策を導き出す力が強化されます。
 

成功の組織的学習

CX改善の成功事例を体系的に収集・分析し、成功要因を抽出します。これをプレイブックとして整理し、他部門でも応用可能な形で共有します。
定期的な振り返り(レトロスペクティブ)により、うまくいったこと、改善すべきことを明確にし、次のサイクルに活かします。この継続的な学習により、組織のCX実践能力が累積的に向上します。
 
 
まとめ:組織行動の力が変革の推進力となる
組織行動の力は、CX経営を実現するための基盤であり、他の4つの力を効果的に機能させる土台となります。
 
CXビジョン、CXガバナンス、CXカルチャーの3つの要素が、中長期的価値を組み込んだ業績管理のフレームワークと、戦略的な人材マネジメントと連動することで、組織全体が顧客価値創造に向かって大きく動き出します。同時に、EXとCXを一体として捉え、従業員の成長と顧客価値創造を同時に実現する仕組みを構築することで、企業変革の循環サイクルが回りはじめます。
 
次回は、顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスを実装する「デザインの力」について解説します。組織行動の力によって生まれた推進力を、具体的な顧客価値へと変換するプロセスを詳しく見ていきます。
 
 

 
本記事は『いちばさしいCXの教科書』産業能率大学出版部を基に、CX経営は「企業変革のOS」ー 5つの力で企業は進化し続ける』でご紹介した「5つの力」を、CX経営OSの視点で解説するシリーズの第1回です。
書籍では、より詳細な実装方法と企業事例を紹介しています。
 
 
 
 

 

 

【連載】 Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ

―第1回 組織行動の力 - 顧客価値を起点とした企業変革基盤の構築 
第2回:デザインの力 - 顧客インサイトに根ざした価値創造プロセスの実装 
第3回:オペレーションの力 - 測定を起点とするCX改善サイクルの確立 
第4回:デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化 
第5回:脱学習の力 - 変化に適応し続ける組織能力の獲得
 

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