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2025.12.24

Series|CX経営の「5つの力」を解説するシリーズ第4回―デジタルの力 - デジタルによるオペレーションのスケール化・最適化



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CX経営を「企業変革のOS」として機能させる「5つの力」。第4回は、第3回で構築したオペレーションを組織全体に拡張し、再現性のある能力へと昇華させる「デジタルの力」について解説します。

多くの企業において、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は最優先課題とされています。しかし、高価なツールを導入したにもかかわらず、顧客体験(CX)が一向に良くならない、あるいはかえって悪化するという矛盾が起きています。
なぜでしょうか? それは、デジタルの本質を「最新テクノロジーの導入」と誤解しているからです。
CX経営における「デジタルの力」の本質は、オペレーションをデータとAIによってスケール化し、再現性ある組織能力へと変えることにあります。属人的だった価値提供を組織の仕組みとして定着させ、人間だけでは不可能な規模とスピードで顧客一人ひとりに寄り添う。これが、CX経営を支えるOS(基盤)としてのデジタルの価値です。
 

 

CXにおける「デジタル導入」の3つの落とし穴

デジタルをCXの武器にするためには、まず、多くの日本企業が陥っている「3つの構造的な問題」を直視する必要があります。これらの問題が解決されない限り、どんなに優れたツールを導入しても、それはコストになるだけで価値を生みません。
 

1.「連携性の欠如」が生むデータの孤立

デジタルツールの最大の価値は、単体の機能ではなく、ツール同士が連携し、データが還流することで生まれます。しかし、デジタルツール導入の現場では、この「連携性(Connectivity)」の重要性が十分に理解されていません。
特に日本市場では、特定の業務(例えばメール配信、日報管理、経費精算など)に特化した「国産ツール」が多く採用されています。これらは単体の使い勝手には優れていますが、外部システムとの連携性が乏しいケースが少なくありません。結果として、顧客データがそのツールの中に閉じ込められ、マーケティング、営業、サポートの間でデータがつながらない「データの孤立」が発生します。データがつながらなければ、一貫した顧客体験を提供することは不可能です。
 

2.「デジタル導入のサイロ化」による体験の分断

第3回で組織のサイロ化がCXの敵であると述べましたが、デジタル導入においても全く同じ現象が起きています。
「マーケティング部がMAツールを入れた」「営業部がSFAを入れた」「サポート部がチャットボットを入れた」。各部門が自部門の効率化だけを目的に、独自の予算と判断でツールを導入しています。
その結果、全社でどのようなツールが導入されているのかを誰も把握できていない「シャドーIT」に近い状態が生まれます。顧客から見れば、マーケティングメールの内容と、営業からの提案、サポートでの対応が全く噛み合っていない。デジタル化を進めれば進めるほど、皮肉なことに顧客体験の分断(サイロ化)が加速しているのです。
 

3.「手段の目的化」による迷走

「とりあえずAIを使いたい」「話題のCDPを導入しよう」。このように、デジタル導入そのものが目的化しているケースも後を絶ちません。
デジタルはあくまで、第2回でデザインした顧客価値を、第3回で構築したオペレーションに乗せて届けるための「手段」であり「増幅装置」です。解決すべき顧客の課題や、実現したいオペレーションの姿がないままツールを導入しても、現場の混乱を招くだけです。
 
 

コンポーザブルなデジタル基盤:分断から連携へ

これらの問題を解決し、デジタルをCXのOSとして機能させるためには、システムの考え方を根本から変える必要があります。それが「コンポーザブル(Composable:組み合わせ可能)なデジタル基盤」というアプローチです。

 

全社視点での「棚卸し」と「連携」

コンポーザブルな基盤とは、巨大な一枚岩のシステムではなく、顧客体験と業務フローに合わせて、必要な機能を柔軟に(レゴブロックのように)組み替えられ、相互に連携する構造のことです。
その第一歩は、新しいツールを入れることではありません。「現状の棚卸し」です。
オペレーション(顧客理解→体験デザイン→体験の提供→体験の評価)の流れに沿って、現在どのようなデジタルツールが使われ、どこでデータが途切れているのかを全社視点で可視化します。これにより、「ここがつながっていないから顧客を待たせている」「ここのデータがないからパーソナライズできない」というボトルネックが明らかになります。

 

デジタル基盤の3層構造

CXを支えるデジタル基盤は、以下の3層構造で機能します。

1.データの統合と品質(Data Layer)
バラバラに散らばった顧客データ(行動ログ、購買履歴、問い合わせ内容、VoC)を統合し、全社で使える状態にします。

2.AI・分析による予測と最適化(Intelligence Layer)
統合されたデータをAIが分析し、次のアクションを示唆します。勘ではなく、エビデンスに基づいて「この顧客は解約しそうだ」「このタイミングでこの商品を提案すべきだ」といった予測をします。

3.業務プロセスの自動化・標準化(Execution Layer)
AIの示唆に基づき、メール配信、アプリ通知、タスク割り当てなどを自動化します。これにより、属人的だった対応が、組織能力として安定的にスケールします。

AIは「コスト削減」のためか、「価値向上」のためか

多くの企業が、コールセンターのコスト削減を目的にチャットボットやボイスボットを導入します。しかし、単に「有人対応を減らす」ことだけを目的に設計されたAIは、顧客にとって「話が通じない壁」にしかなりません。
「解決したいのにたらい回しにされる」「人間につながらない」。これでは、コストは下がっても、それ以上に顧客ロイヤルティ顧客生涯価値(LTV)を毀損してしまいます。
AIはオペレーションを効率化する強力な武器ですが、それは「顧客体験の向上」という目的とセットでなければなりません。

成功するためのAI導入デザインプロセス

AI導入成功のポイントは「信頼の構築」と「ユーザーエクスペリエンス(UX)」です。AIをCXの味方につけるためには、ツールを入れる前に、以下の4ステップのデザインプロセスを踏む必要があります。
 
Step 1: 体験の意図(Experience Intent)の定義
デザインの力(第2回)に立ち返り、顧客インサイトに基づいて、対象となるタッチポイントで、顧客が得たい結果は何か、どんな気持ちになりたいのか、顧客のゴールに焦点を当てて提供すべき体験を定義します。

・悪い例:「問い合わせ対応時間を減らす」
・良い例:「瞬時に不安が解消され、自己解決できた自信を感じる」

ここでは、AI体験に関わる心理的/認知的/身体的/社会的な制約と機会を深く理解した上で、提供すべき体験を定義を定義することが重要になります。

・顧客が「AI」をどのようなものとして捉えているか
・透明性や予測可能性に対する考えや評価
・過去のポジティブ/ネガティブな「AI」体験
・「AI」を導入する企業に対する考えや気持ち
・「AI」にどのような期待や不安を持っているか
・いつ、どんな時に期待や不安を感じるか
 
  
Step 2: 役割の分担(Role Definition)
 
定義した体験を実現するために、どこをAIが担い、どこを人間が担うかをデザインします。

・AIの領域:定型的な質問への即答、データの検索、24時間対応、多言語対応
・人間の領域:感情的な寄り添い、複雑な文脈の理解、例外的なトラブル対応、信頼関係の構築

その上で、顧客インサイトに基づいて、どのようにAIと人が体験を提供するのかデザインします。

必ずしもAIに全てを任せるのではなく、「AIが下準備をし、人間が仕上げる」あるいは「人間が対応できない時間帯をAIが支える」といった協働モデルを構築します。

その上で、ターゲットペルソナに沿って、以下の4つの視点からAI体験の「基本ルール」を設定します。

 
デザインの領域
 
 
Step 3: データと学習のループ(Data & Learning Loop)
AIは最初から完璧ではありません。現場のオペレーションの中で、「AIが正しく答えられたか」「顧客は満足したか」というデータを顧客から直接収集し、AIに再学習させるループを設計します。ここは顧客との価値共創のステップです。顧客がいかに積極的にフィードバックを提供してもらえるようにするかがポイントになります。

Step 4: エスカレーションのデザイン(Seamless Escalation)
AIが解決できないと判断した瞬間、あるいは、顧客が人とやり取りしたいと思った時に、スムーズに人間に引き継ぐ動線を確保します。この時、AIとの会話ログが人間に共有されていれば、顧客は「また一から説明する」ストレスから解放されます。

 

人間とAIの融合:役割分担から「共進化」へ
AIエージェントが普及するこれからの時代、デジタルとデザインの統合は、企業の競争力の源泉そのものになります。それは、単に「AIに作業を任せる」という静的な役割分担ではありません。AIが人間の業務を隣で支え、人間がAIにブランドの魂を吹き込み、双方が進化し続ける「共進化」の関係です。
 
AIエージェントは「強力な相棒」になる
これまでのデジタルツールは、人が操作する「道具」でした。しかし、これからのAIエージェントは、自律的に業務を支援する「相棒」へと進化します。 例えば、コンタクトセンターにおいて、AIは単に電話を受けるだけではありません。顧客との会話をリアルタイムで聞き取り、瞬時に最適な回答案をオペレーターの画面に提示したり、過去の膨大な対応履歴から「この顧客は今、こう感じている可能性が高い」というインサイトを囁いたりします。 AIが記憶力と処理能力で人間を拡張(Augmentation)することで、経験の浅いスタッフでもベテラン並みの対応が可能になり、ベテランはより創造的な問題解決に集中できるようになるのです。
 
 

人間の新たな役割:「AIに思考の型を教える」

AIエージェントが現場で判断をサポートするようになると、人間には新たな重要な役割が生まれます。それは、「AIに自社らしい考え方を教える(Design the AI)」ことです。 AIは放っておけば、一般的な正解や効率的な回答しかしません。つまり、ROX(Return on Experience)の向上にはつながりません。そこで、「我が社では、効率よりもこの価値観を優先する」「こういう場面では、あえてこう振る舞うのが我々のスタイルだ」という、ブランド独自の判断基準や哲学をAIに学習(ファインチューニング)させる必要があります。 これは、新入社員に企業文化を教えることと同じです。AIの振る舞いをデザインし、継続的にフィードバックを与え、ブランドの体現者として育て上げる。この「教育者」としての役割が、これからのCXリーダーや現場のスタッフに求められます。
 
 

「問いを立てる力」が価値の源泉になる

AIが優れた「答え」を瞬時に出せるようになる時代において、人間の価値は「答えを出すこと」から「問いを立てること」へとシフトします。 AIは過去のデータから最適解を導くことは得意ですが、「そもそも顧客は何に困っているのか?」「なぜ我々はこの事業を行うのか?」というゼロベースの問いや、常識を疑う仮説を立てることはできません。 AIエージェントという強力な実行部隊を手に入れた今、人間はより思考の幅を広げ、本質的な課題を発見するスキルを磨く必要があります。AIが出してきた答えに対して「本当にこれで顧客は幸せか?」とクリティカルシンキング(批判的思考)を働かせ、より高い次元の問いを投げかける。この人間による「問い」とAIによる「解」の往復運動こそが、革新的なCXを生み出します。
 

まとめ:デジタルはCX経営を進化させる基盤である

「デジタルの力」の本質は、単体ツールの導入ではありません。それは、連携・統合されたデータとAIによってオペレーションを組織全体にスケールさせ、人間とAIが共に進化する基盤(OS)を作ることにあります。

連携性
部門やツールの壁を超えてデータをつなぎ、顧客の真の姿を捉える。

全体最適
全社視点でデジタル基盤を棚卸しし、コンポーザブルに構成して変化に即応する。

人間とAIの共進化
AIを単なる効率化の道具とせず、人間の思考や能力を拡張するパートナーとしてデザインし、共に育てる。

この3つを押さえることで、デジタルは、分断を生む「サイロの壁」を打破し、オペレーションをつなぎ、組織全体の知性を拡張し、「CX経営」を進化させる基盤になります。

デジタル環境や顧客のニーズは、これからも常に変化し続けます。一度構築したシステムや成功パターンに固執していては、すぐに陳腐化してしまいます。そこで必要になるのが、最後の力である「脱学習の力」です。
次回、シリーズ最終回では、変化に適応し続けるために、組織がいかにして過去の成功体験を手放し、新たな能力を獲得していくかについて解説します。
 

 
本記事は『いちばさしいCXの教科書』産業能率大学出版部を基に、CX経営は「企業変革のOS」ー 5つの力で企業は進化し続ける』でご紹介した「5つの力」を、CX経営OSの視点で解説するシリーズの第4回です。
書籍では、より詳細な実装方法と企業事例を紹介しています。
 
 

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